妖精の園

カシューナッツ

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【第74話】お互いの気持ち

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レガートは、フィルしか見ない。──いつも、姿が見えなくなるだけで、フィルの名前を何回も繰り返す。迷子の雛が親鳥を探すように。

「ここだよ」

とレガートの書斎の本棚の陰から笑って顔を出すと。切なそうに、

『出ていってしまったかと思った……』

今にも泣きそうな顔をしてレガートは言う。



「レガート・プレスティッシモ様。私は何処にも行きません。ずっと、あなたの傍にいます。私にはあなただけ。だから一緒に幸せになりましょう。あなたも、ずっと、私の傍にいて下さい」


フィルはレガートの左手の手袋をそっと脱がし、レガートしたようにポケットから真っ白なビロードの小箱から指輪を取り出した。エーエフのリングにオパールのような石が装飾されている指輪。


『これは……?こんな宝石を見たのは初めてだ』


「これは私からレガートへ。レガートの爪を治したときに翡翠の指輪から出た光が集まって石になったものを細工にしてもらったの。いつまでも、健やかに、微笑みが似合うレガートでありますように。そう、願いを込めたの。私の一生をレガート様に捧げます。あなただけを愛し続けます」



レガートの左手の薬指に指輪をはめ、左手の甲に、そっとフィルは口づけた。

レガートはフィルを抱きしめる。溶けていくと思った。

全ての感情が昔のように戻っていく。

薄皮を剥ぐように、悲しみと、惨めさ。そして恐怖や嫌悪の感情も、

心の奥の許したい心と許せないやるせなさが揺れる感情のフィルを縛る発作の感覚も、はらはらとほどけていく。

ふっと吹いた風にのって、ほどけた灰色の感情は真っ白な雪原を滑るように消えていった気がした。





フィルを縛る痛みは消え失せ、フィルはレガートを抱きしめた。



「レガート、私はもう大丈夫だから、もうレガートは、もう苦しまないで。私はレガートが過去に囚れてしまう方が悲しい。改めて言わせて。操られてたって知らなくて、たくさん酷いこと言ったね。本当に、ごめんね。あと、……ドーナツ…美味しかった……ありがとう」

 
『ドーナツか。難しかった。フィルはすごいな……フィル、酷いことを言ったと言うが酷いことをしたのは私だ。操られたと言うが、この手がフィルを傷つけた。苦しめた。事実は消えない』


レガートを縛る自分への罪悪感もいつか消えてくれて欲しいとフィルは思う。

夜中、眠ったふりをする自分にレガートが声をかけたら「もう、いいんだよ」と抱きしめてあげたい。



「過去には戻れない。もう、苦しまないでいいよ。レガートは悪くない。クレシェンドの望む筋書き通りに、レガートと不幸な別れ方なんてしない」

 フィルは紫の羽根を思いだし、レガートに言った。



「あのさ、今度私の健康診断があるんだけど、レガートも受けて。嫌な予感がする。怖いんだ」

レガートは、しばらく黙った後、『解った』とだけ言った。

    雪を二人でさくさく踏みながら帰る。雪だまをレガートにぶつけるとレガートは楽しそうにした。

レガートは雪だまをフィルにぶつける代わりにフィルの傍の樹にぶつける。バサッと樹に積もった粉雪が落ちてくる。
細かい雪の粒子がきらきら太陽の光に反射し光って綺麗だった。

レガートが笑う。
雪だらけになったフィルも笑う。

この時間がずっと続けばいいと思った。
部屋に帰り、コートをかけ、

レガートは火の受け皿に魔法陣を書いて火をつけた。部屋はすぐ暖かくなり、
フィルが魔法陣の上にケトルを置くと、すぐシュンシュンと湯気が出てお湯になった。





フィルはこのレガートとの療養で、ただ寝ていたわけじゃない。


レガートの任務の無いときに魔法をみてもらっていた。

魔力を『増幅させる』ことが出来るなら、魔力が弱めでも、役立つ魔法を使える、そう思った。

 お茶を淹れる。タカタカの実のジャムティーだ。

『暖かくて美味しい。ありがとう。フィルはすっかり術師の域だな。自分の魔法に補助をかけ、制御するのはかなりの高等技術だ。並の術師でも難しい』


「ありがと。最近、レガートが体温が下がってきてるみたい。だから身体の中から温かくなる飲み物、飲んで欲しくて。一緒に寝ていても足とか冷たいよ。前は熱かったのに。今度、蜂蜜ミルク粥作ってあげるから」


フィルは手を二回叩いた。可愛らしい妖精が現れる。まだ子供に見えた。

「この空いた器、お願いしていい?」

『解りました、フィル様』

「ありがとう。いつも悪いね」

『フィル様はお美しくお優しいので、レガート様の部屋の当番はくじできめています。ここだけの話、レガート様も最近笑ってくださるんです。こんなに素敵な方だったのですね』
    
可愛らしい妖精は、頬を上気させる。

「レガートに優しくしてあげて。寒いから暖かくしてね」

『はい!』
    
にこやかに妖精は空のカップを持って消えた。

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