妖精の園

カシューナッツ

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【第73話】二人だけの結婚式

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散歩だけで息があがる。冬になったおかげで呼気が白くなりすぐ解る。

もう、王様の力も戻り、この世界も正しく季節が回る。今は冬。
さくさくと結晶のような粉雪を踏み分け、ぎゅっとレガートの腕にしがみつき、端正な顔を見上げる散歩は楽しい。


けれど、レガートの体力が日ごと弱まってきていると思う。

散歩だけでも、つらそうに息をあげ、胸を押さえる。




「レガート、息つらいの?大丈夫?帰ろうか?」

『いや、つらくなどない。大丈夫だ。心配するな。後で雪遊びをしよう。約束だっただろう?』

「うん、少し。あのさ、レガート……手を、繋いで…みない?」

『フィルが……いいなら』



そっと手を繋ぐ。

温かな、
大きな手。
フィルの記憶が疼く。
頭の中がマーブル模様だ。

許してるのに、痛みの記憶が消えない。
恐怖の記憶が消えない。
繋いだ手が震え出す。


「いやあぁぁぁぁっ!」
    

フィルは気が触れたように大声をだし、レガートの手を振りほどこうとした。

でも、レガートは掴んだ手を離さない。
恐怖感だけがフィルを支配する。




「申し訳ありません、申し訳ありません。もう、叩かないで下さい、お願いします、お願いします。手を離して、離して……」
    

それだけを半泣きになりながら繰り返すフィルを、レガートは腕を引き思い切り抱きしめた。



『すまない。フィル。すまない………謝らなくていいんだ。フィルは何も悪くない。
悪くないんだ。怖くないから、叩いたりなんかしないから、怯えないでくれ』
  
  
レガートはフィルを抱き寄せ、
後頭部にそっと手を添える。規則正しく、でも、少し弱っている心音が聞こえた。




「レガート様………レガート、レガート?」

『ああ。そうだ。レガートだ、私だ。レガートだ。怖くないか?大丈夫か?』
    
フィルはレガートの懐で頷く。
レガートはフィルの後頭部にそっと片手を添えて髪を撫でた。

『大丈夫だ、怖くないから』





繰り返すレガートの声が、切ない。
段々とフィルの苦しく過呼吸のように上がった息も治まってくる。

毎日自分を責めて、レガートはフィルが『眠った』後も、フィルの髪を撫でながらずっと、

『すまない、フィル、許してくれ………』





と繰り返す。フィルは「もういいよ」と言えない。言葉が喉につかえてしまう。声がでなくなる。もう、恨んでない、憎んでいない。

でも、心の奥では許せてはいないのかもしれない。矛盾した心の『しこり』がフィルの声を塞ぐ。

『大丈夫だ。呼吸をゆっくり。段々『発作』が治まるのが早くなったな。手は、思い出すか……すまない……。手袋をしてたら怖くないか?』

レガートはおもむろにポケットからコートと同じ、革の黒い手袋を取り出す。

「ごめんなさい、レガート…私が……手を繋ごうって言ったのに」


『謝ることはない。フィルは何も悪くないんだから。悪いのは私だ。そこを間違えないでくれ。手袋、どうだ?今度は……怖くないと思うんだが……』

レガートは黒い手袋をした手を見せる。





「うん、怖くない………。薄紫の綺麗な爪をみられないのは残念だけど」

『そう心から言ってくれるのはフィルだけだ。フィル、指輪をしてくれないか?ずっと、持っていた。正式な婚約の儀のときには、外してもらわなければならなが。………何故かな、やはりフィルを守ってくれるように思えて』


周りに積もった雪のような真っ白なビロードの小箱からレガートはあの翡翠の指輪を取り出した。透き通った草原の翠色。

『私達と一羽と一匹。あそこに白鳥がいる。神官だな。証人はそこの栗鼠。小さな、結婚式か?』

    レガートはそう言い笑う。そんなレガートとは裏腹に、フィルは緊張していた。レガートは跪き、






『……フィル・フェルマータ。私の一生を捧げる。私の花嫁になってくれ』

「喜んで。レガート・プレスティッシモ様の花嫁としてレガート様の元へ参ります」

『誓いの指輪を、口づけを』
    
レガートはフィルの左手の薬指に指輪をはめ、その手の甲に口づけた。フィルの睫毛にどんどん涙が凝り、レガートの顔が涙に滲む。ずっと、あの苦しみの時間、思い続けたこと。

いつか、私をみてくれる
いつか、いつものレガートに戻ってくれる

願いは叶った───。



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