妖精の園

カシューナッツ

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【第72話】取り戻しつつある平穏

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毎日、朝起きると必ずレガートは先に起きていて、ベッドサイドに腰掛け、暖かい眼差しでフィルを見つめている。

新しい、濃紺の金のツェーの花の刺繍の入ったシーツ。揃いの大きな枕。
寝るときフィルはレガートの胸に顔を埋める。 


「髪を撫でてくれる?」

そうレガートの胸の中で甘えると、レガートは少し前よりぎこちなく、
少し躊躇いがちに髪を撫でる。




フィルは安心と心地よさの狭間で微睡み、レガートの長い黒髪を指に絡ませて眠る。


『おはよう、フィル。今日は雪だ、珍しく沢山積もったから後から厚着をして散歩でもしないか?』 

「雪? 私、雪大好き!楽しみ!」

昔のように接するために、フィルに一生懸命レガートは気を遣う。
けれどフィルは身体が拒否反応をおこすように、ビクついたり、泣きながら謝るようなことが消えない。

レガートとフィルと医師の妖精の間では『発作』と言っている。フィルが一番つらいのは、その反応を起こした後のレガートを見ることだ。

レガートは罪悪感に押し潰されそうになりながら、震える手を差し伸べる。

フィルは悲しそうに、苦しそうにしているレガートを見て、

ただ小さく「ごめんね」と言うように頷き、その手を取ることしか出来ない。
フィルは自分が何も出来なくて歯痒い。

レガートは悪くないのに。レガートの形をしたクレシェンドに虐げられていた。そう、気持ちでは納得しているのに。身体が、言うことをきかない。 

「私の傷はレガートが癒してくれる。だけどレガートの傷は?私が発作を起こす度にレガートについてしまう傷はどうやって治すの?操られてたって……悪いのはクレシェンドだ。私にも甘えてよ、レガート」


椅子に腰掛け、温かい紅茶を飲むレガートにフィルは後ろから抱きつき、頬に口づけをした。 


『こんな…年上の私がフィルに甘えるのは、傍目から見たら…その…恥ずかしいことではないのか?』

 「そう思うなら見つからなければいいよ。レガートが眠るまで、抱きしめて髪を撫でてあげたりしてあげるよ」

身体中が触れ合う閨はないけど、
必ずお母さんドラゴンが言ったように身体に触れるのを日課にしている。
最近、指を絡ませ口づけされるのが好きで。

毎日そうしてもらっている。





 『──どうした?ぼうっとして。防寒着なら箪笥の一番下だ。フィルは何色も似合うが濃緑の生地に金の刺繍をあしらったコートが一番似合う。刺繍と、金色のフィルの髪が深い夏の森に柔らかな高原に木漏れ日が差したようだ』


そう言いレガートが微笑むから、手早くフィルは防寒具を着こみ、コートは濃緑の金の刺繍のコートを着てしまう。

やはり似合うと言われると着たくなる。レガートは親衛隊の隊服のいつもの黒づくめの格好だ。

フィルは休んでいる間、レガートのコートに邪術や幻術よけの刺繍を施した。
レガートは今、力がとても弱っているように感じる。そのことを訊いても、

『変わったことは、特にないが』

で終わる。会話は 二人で三ヶ月過ごして、毎日、朝にレガートから妖精の気を分けて貰っている。

最初の火のように妖精の気を分けて貰っただけで身体が火照るようなことはなく、
少しホッとしている。

毎回だったら身体が続かないし、レガート自身も『気を分けすぎたな』と情事の後のように額に汗を浮かべ苦笑した所を見ると相当な気を分けたということだ。





レガートが疲れてしまう。フィルの身体はもうすっかり回復した。医師の妖精さんにも、

 『身体はもう安心ですよ。すっかり良くなられましたな。しかし気になることが』

 「何ですか?」

 『普通、傷痕は中々治らないものですが、背中の痕が綺麗になくなっておるのですよ』

と言われた。

「金色の雫、ですか?」

『いえ。尊い金色の雫は傷は治すと聞いたことはありますが、傷痕までは……』 

「そう……ですか」 

『発作は?』 

「週に二、三回くらい。軽いものです」 

『レガート様が怖いですか?』 


「いえ……。ただ、何かの記憶と重なってしまうと一時的ですが、ビクっと怯えたり、ただ、酷い場合は謝りながら叫びだしたりしてしまいます」 

『お薬を出しておきましょう。心を安定させるお薬です。ツェーの変異種で珍しい翡翠色の花の花びらから作られているのですよ』

 フィルが気になっていることはレガートの紫の羽根の色が濃くなっていること。

悲しいとき、
つらいとき、
疲れているとき、
レガートの羽根の色は濃くなっているように前から思えていた。

けれど、何か違う。嫌な予感がする。最近レガートがおかしい。




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