妖精の園

カシューナッツ

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【第70話】あの頃に戻れたら

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『そう言えば、今日妖精の気を送ってなかったな。大丈夫だ。無理はしない』 

妖精の気を送られる。
暖かなお湯に手をつけているみたいだ。
尽きることのない泉のように光の粒子が身体に入って来る気がした。

段々と身体が火照ってくる。 

「熱い、熱いよ、もういい、受け取れない! 手を離して!」

握りしめられた手はそのまま絡まれてベッドに押し倒された。 

レガートの顔を久しぶりに仰ぎ見た。

こうしてみると随分痩せた。気づけなかった。






腕も筋肉質なのは変わらないが、細い。
触れあうだけの口づけだけで胸が高鳴る。


でも怖い、殴られる、叩かれる、そんな考えが、ふと過った。 




『フィルだけだ。私には、それだけなんだ』

そう悲しそうに言いレガートはフィルに深く口づけた。
甘く絡ませて、とろけるような、
昔二人で食べたタカタカの実を思い出す味がした。交わされた笑顔、幸せな時間。

そしてそれと同時に、腐ったタカタカの実をフィルに思い切り投げつけて楽しむクレシェンドが考えた遊びを思い出す。







身体中が痣だらけになった。
腐臭のような臭いにまみれ、
真夜中に噴水で泣きながら身体を洗った。

フィルは懐かしい心地よさと、
よぎる屈辱と恐怖の記憶の狭間で無意識に涙を流した。


確かにある感覚は本物。長い絡ませるような口づけ。優しく「愛してる」と言葉。
フィルは、それだけで達した。

それでもあるのは嫌悪感。
悪いことのように思えた。何に対してかは解らないけれど。 ずっとフィルは泣いていた。
記憶が消えない。あの時間が消えてくれない。


幸せになりたい。
レガートと幸せになりたいのに、あの時間が邪魔をする。 

『ポポの実でも食べるか?泣いてばかりでフィルが干上がってしまいそうだ』 

差し出されたポポの実が、爛れて腐ったタカタカの実に見えて、レガートの手を反射的にはじいた。 

「あ、あ、あ……」
怒鳴られる、殴られる、蹴られる! そんな恐怖がフィルを襲う。 


「申し訳ありません。無礼をお許しください。食べます。頂きますので、もう殴らないで下さい」

フィルは床に転がったポポの実を犬のように食べた。




この食べ方をすると、二人は笑い、機嫌が良くなったからだ。

レガートは後ろからフィルを抱きかかえて止める。

『フィル!やめろ!……殴ったりしない!
大切にする、大切にするから。そんなことをするな!頼むから、頼むからやめてくれ!』 

フィルは床から引き剥がされて、新しく敷かれた絨毯にへたり込む。



「怖い、怖いよ。誰か、助けて。レガート、レガート、許して。もう殴らないで、叩かないで……」

『フィル…フィル……』

レガートはフィルを抱きしめながらずっと泣いていた。

金色の雫が絨毯に次々と落ちる。

フィルはレガートに抱きしめられながら、
少しずつ平静を取り戻していく。 




「レガート……レガートが好きだよ。愛してるよ……でもね、同じくらい怖い……。身体に、心にあの時間が染み付いて……消えない………」

フィルはもう、許している。
不器用で臆病な誰よりもやさしいこのひとを、もう憎んでいない。







ただ、身体が拒否をする。
植えつけられた恐怖心、染み付いた痛みが消えない。ひびが入って壊れてしまいそうな心も。

「レガート、昔みたいに戻れたらいいね。あの頃に、戻れたらいいのに。無理なのかなぁ……」


レガート……。上を向く。レガートの白く長い指で、そっと涙を拭われる。昔と同じあの顔があった。

愁いを帯びた、淡い微笑み。 

『フィルを守る。私を含むすべてから。すぐは戻れないかもしれない。けれど希望は捨てないでくれ』

 
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