79 / 103
【第70話】あの頃に戻れたら
しおりを挟む『そう言えば、今日妖精の気を送ってなかったな。大丈夫だ。無理はしない』
妖精の気を送られる。
暖かなお湯に手をつけているみたいだ。
尽きることのない泉のように光の粒子が身体に入って来る気がした。
段々と身体が火照ってくる。
「熱い、熱いよ、もういい、受け取れない! 手を離して!」
握りしめられた手はそのまま絡まれてベッドに押し倒された。
レガートの顔を久しぶりに仰ぎ見た。
こうしてみると随分痩せた。気づけなかった。
腕も筋肉質なのは変わらないが、細い。
触れあうだけの口づけだけで胸が高鳴る。
でも怖い、殴られる、叩かれる、そんな考えが、ふと過った。
『フィルだけだ。私には、それだけなんだ』
そう悲しそうに言いレガートはフィルに深く口づけた。
甘く絡ませて、とろけるような、
昔二人で食べたタカタカの実を思い出す味がした。交わされた笑顔、幸せな時間。
そしてそれと同時に、腐ったタカタカの実をフィルに思い切り投げつけて楽しむクレシェンドが考えた遊びを思い出す。
身体中が痣だらけになった。
腐臭のような臭いにまみれ、
真夜中に噴水で泣きながら身体を洗った。
フィルは懐かしい心地よさと、
よぎる屈辱と恐怖の記憶の狭間で無意識に涙を流した。
確かにある感覚は本物。長い絡ませるような口づけ。優しく「愛してる」と言葉。
フィルは、それだけで達した。
それでもあるのは嫌悪感。
悪いことのように思えた。何に対してかは解らないけれど。 ずっとフィルは泣いていた。
記憶が消えない。あの時間が消えてくれない。
幸せになりたい。
レガートと幸せになりたいのに、あの時間が邪魔をする。
『ポポの実でも食べるか?泣いてばかりでフィルが干上がってしまいそうだ』
差し出されたポポの実が、爛れて腐ったタカタカの実に見えて、レガートの手を反射的にはじいた。
「あ、あ、あ……」
怒鳴られる、殴られる、蹴られる! そんな恐怖がフィルを襲う。
「申し訳ありません。無礼をお許しください。食べます。頂きますので、もう殴らないで下さい」
フィルは床に転がったポポの実を犬のように食べた。
この食べ方をすると、二人は笑い、機嫌が良くなったからだ。
レガートは後ろからフィルを抱きかかえて止める。
『フィル!やめろ!……殴ったりしない!
大切にする、大切にするから。そんなことをするな!頼むから、頼むからやめてくれ!』
フィルは床から引き剥がされて、新しく敷かれた絨毯にへたり込む。
「怖い、怖いよ。誰か、助けて。レガート、レガート、許して。もう殴らないで、叩かないで……」
『フィル…フィル……』
レガートはフィルを抱きしめながらずっと泣いていた。
金色の雫が絨毯に次々と落ちる。
フィルはレガートに抱きしめられながら、
少しずつ平静を取り戻していく。
「レガート……レガートが好きだよ。愛してるよ……でもね、同じくらい怖い……。身体に、心にあの時間が染み付いて……消えない………」
フィルはもう、許している。
不器用で臆病な誰よりもやさしいこのひとを、もう憎んでいない。
ただ、身体が拒否をする。
植えつけられた恐怖心、染み付いた痛みが消えない。ひびが入って壊れてしまいそうな心も。
「レガート、昔みたいに戻れたらいいね。あの頃に、戻れたらいいのに。無理なのかなぁ……」
レガート……。上を向く。レガートの白く長い指で、そっと涙を拭われる。昔と同じあの顔があった。
愁いを帯びた、淡い微笑み。
『フィルを守る。私を含むすべてから。すぐは戻れないかもしれない。けれど希望は捨てないでくれ』
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
-----------------
とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。
まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。
書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。
作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる