妖精の園

カシューナッツ

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【第66話】許しと悲しみのフィルの涙

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一緒にいたい。せめて、償いをさせて欲しい。止める権利など、ないけれど。そう思い、レガートはうなだれた。




『ツェーの花ももう盛りは過ぎたな』

    レガートは空の香り袋を出した。

「あの子たちは?匂い袋の中の」

『「……このひと違うよ!偽者だよ!フィルじゃないよ!」そう言っていた。私にも聴こえた。だが、クレシェンドに見つかって……怒ったクレシェンドにバルコニーから撒かれたんだ。何処かで根づいてくれるといいが……』

あの子たちのためにもと、フィルは『生命の唄』を歌った。祈りの唄。元気をなくしたツェーの花達はフィルの歌声と共に彩りを増した。



しばらくじっと何も言わず二人で夕焼けに照らされるツェーの花を見ていた。
ゆらゆら揺れる花が綺麗だと思った。

懐かしい香り。夕陽に濡れたツェーの花は絹の光沢のように光を反射した。


「歌は久しぶり。疲れるね。あの……バルコニーまで送ってくれる?」


    レガートは首を振る。


『だめだ。折角の幸せな日だったんだ。贅沢したらバチが当たる。いい思い出作りだった』



「バチなら私が当たる。あなたを、誤解してた。クレシェンドがレあなたの身体を乗っ取って、操ってたって。あの頃の記憶がないのはそのせいだって。記憶の断片が見えてしまうのは解らないけど……いっそ何も覚えていない方が楽だったんだろうね。ごめんね。あなたを責めた」



『………どうして』




「すべてを許したわけじゃないよ。あなたにとっては夢。でも、私には現実。つらかった。でもドラゴンに会えて救われた。真実を知れた」


レガートは車椅子を止めた。



『彼らは聖なるものだからな。ドラゴンの言葉を完全に理解するものは、その道の研究者でも難しい。本当に翔んで良いのか?』


「離さないで。もう、間違わないで」
    

レガートは、フィルを抱き上げ翔んだ。
フィルは両手をしがみつくようにレガートの首に絡ませる。
風をきってレガートは羽根で空を翔ぶ。
胸の中の金色の暖かな灯火が暗闇を照らす。


「レガート……」
『なんだ?』
「いつか昔みたいに戻りたいね……戻ろうね」
    

レガートはフィルをバルコニーに下ろして、フィルを見つめ一呼吸おいて言った。




『帰らないのか?帰らないでいてくれるのか?頼めた義理ではないのは解っている』
   

 フィルは、そっとレガートの手に触れる。今ここにあるのはフィルを抱き上げバルコニーに連れてきた手。



そう思っても、怖い。触れた手をぎゅっと握り、フィルはレガートを見上げ

「帰らないよ」

と言った。

『帰らなくて本当に…いいのか?……嫌でも婚約解消まで私と顔を会わせることになる。後悔はしないか?』





    レガートの口調は予想していたものとは違い、建前のようでも喜ぶものではなかった。

別れの言葉を用意していそうな、
そんな言葉の温度。
フィルはレガートを見つめた。





「帰って欲しいみたいな口ぶりだね。レガートは、もう自分の決着をつけたんだね……私だけね。まだ迷い森にいるのは」

バカみたい。はしゃいじゃって。
もう、希望なんて、無いのに。





今日はありがとう。さよなら。
そう恬淡と言い踵を返し、
レガートを見ないようにして硝子のドアを開けようとした時、後ろから抱きしめられた。

怖い、身体がいうことをきかない。
肩が、身体が震える。
硝子に映ったレガートは眉を下げ羽根を力無くたたみ、

『フィルは私が怖いんだろう?触れられるのも嫌なんだろう……?本当は人間の世界になど帰したくない。……だが、私といれば毎日怖かったこと、共にいれば、つらく苦しかったことを思い出す。私はフィルの傍にいたい。ずっと一緒にいたい。でも、フィルは私を許せる日はこないだろう。私は許されないことをフィルにした。覚えてないなんて言い訳にもならない。事実なのだから。だから、見送るしかない。幸せになれるように……せめて少しでも心穏やかに、幸せに……』

フィルはレガートの頬を思いきり叩いた。

『フィ、フィル?』

    フィルは、レガートを見つめる。フィルの潤んだ瞳は残照に映える。
光を受けてつやめくオニキスのようだ。絞るような声でフィルは言った。



「幸せにするって言って!あなたは、私を幸せにするって言ったじゃない!『ずっと一緒にいよう、時が許すまで』って前に言ったじゃない!そんなこと、もう忘れちゃった?そんな簡単に割り切れてしまうの?   
 それに見送る?ただの放棄だ!本当にすまないと思うなら、私をこの国で一番幸せな花嫁にしてよ!」


レガートはフィルの両頬に両手をそっと添え、上を向かせる。兎のように小さく震えるフィルが切なかった。そっと口づけると、フィルの閉じた瞳から涙が伝う。

悲しい涙ではなかった。

ただ、あまりに美しいエーエフの結晶のように、暮れかかる陽の色を全て反射するような、息を飲むほど美しいものだった。



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