72 / 103
【第63話】妖精の気・想い出づくり
しおりを挟む毎日、朝と夜の時間。妖精の気をフィルの両手を包みレガートは妖精の気をフィルに送る。
暖かい金色の粒子が流れ込んでくるようだとフィルは感じる。
いつの間にか約一ヶ月は経った。
レガートと過ごす時間はつらい。
レガートが、
悲しい、
つらいと全身で訴えているように感じる。
ある日のことだった。
暖かな日が差す初冬には珍しい日だった。
『車椅子で表に出ないか?』
と、レガートは言った。
『私に触れられるのは、嫌なんだろう?肩を支えるのも』
気まずいが、レガートの言葉に、フィルは小さく頷くしかなかった。レガートは、
『昼過ぎにまた』
といつもより淋しそうに部屋をあとにした。
硝子細工の小さな蓮の花のようなものが咲いて流れる小川を見に行った。昔訊いたことを思い出す。
「エーエフの結晶?」
陽の光を浴びてきらきら光って綺麗だった。
『ああ。退魔の力がある。綺麗だな……』
小さな喫茶店でリトの家で出しているホットワインを少し飲んだ。
甘くて身体が暖まり、良い香りがした。
シナモンの香りがする小さな美味しいビスケットも食べた。じっと見つめる視線に、
『どうしたの?』 フィルが言う、
『もっと一緒に色々な思い出を作れば良かったな』
そう、レガートは言った。
ドラゴンの厩舎にも行った。
赤ちゃんドラゴンはとても大きくなっていた。
フィルには耳を澄ますと声が聞こえる。
伝えたいと思えば言葉は伝わる。
《お別れなの?》
大分、大きくなった赤ちゃんドラゴンは言った。
《そうかもしれないね。お母さんみたいな立派なドラゴンになるんだよ》
クークーと寂しそうに鼻を鳴らし、
《嫌だよ。寂しいよ。扉の前に立ってるあいつが悪いんでしょ?フィルをいじめた。火を吹こうか?》
レガートをチラッと見てから訴える赤ちゃんドラゴンにフィルは、
《あのひとは悪くない。私の我儘。故郷が恋しくなった。もう、家もないだろうけどね。ここは美しいけど、私は苦しい。私にはちょっと汚れてるくらいが丁度いいの》
《空は一緒。何処でも一緒。繋がってるから。早く大きくなってフィルをのせてあげるから、帰らないで》
この妖精の国に初めて来た日を思い出す。
レガートに抱き上げられて空を飛んだ日。
あの日私は恋をした。
紫の綺麗な羽根の長い黒髪の妖精に、
落ちるような恋をした。
初めて見た金色の雫。
いつまでも抱きしめていたい想いだった。
……今も覚えている。
金色の灯火はあのとき確かに心の奥で小さく灯った。今は消えかかり、心に、身体に、焼ける痛みが疼く。
《……解った。考えておくね》
やんちゃな赤ちゃんドラゴン。他の二匹は眠いのかお母さんドラゴンの翼の中で寝息をたてている。
《レガートがクレシェンドの幻術の夢の中ですら愛したのはフィルだよ。中身は違かったけどね……でもフィルの格好に化けなきゃクレシェンドはレガートが相手にもしないと思ったんだよ》
お母さんドラゴンは言う。
赤ちゃんドラゴンは頷くように加減して小さな火を吹いた。
《今までつらかったね。実際レガートがクレシェンドに操られてるときの仕打ちは……》
《ちょっと待って!操られてるときって?》
声を大きくして、フィルは握りしめていたドラゴンとの柵から身を乗り出した。
《操られるは言葉通り。クレシェンドの標的はレガートじゃない。フィルだよ。レガートを操ってフィルを絶望に追い込むこと。術にはまったレガートは身体をクレシェンドに乗っ取られてた。『覚えてない』とか言ってなかったかい?》
フィルは何度も頷いた。
《レガートは霧がかかったみたいって。
ぼんやりした夢を一生懸命思い出そうとしているみたいだって言ってたけど。クレシェンドは、なんでこんなひどいことをするの?……レガートも苦しんで、私も苦しんで……どうして…》
フィルはお母さんドラゴンの木の柵に爪を立て瞳を潤ませた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる