妖精の園

カシューナッツ

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【第57話】金色の雫

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紫の爪。フィルの生命の珠と引き換えにレガートは魔女に朱い爪を差し出した。

愛されていた。
確かにあのときは、レガートはフィルを何より愛してくれていた。

抱きしめる腕の強さ。
匂い。
目差し、
名前を呼ぶ声。
全て覚えている。


レガートが泣くときは、羽根までしょんぼりして紫色を増す。

何でこんなことまで覚えているんだろう。可哀想だ、なんて思いたくないのに、

どうして哀れに思える?


幸せな時間がフィルの憎しみの邪魔をする。

けれど、
蘇る記憶と勝ち誇ったような嘲りを含んだクレシェンドの言葉がレガートへの憎しみを加速させる。 

…… みっともないじゃない? 
…… あなたたちの何ヶ月かが一瞬で消えたの 
…… みんなに笑われるわよ 
…… その程度の想いで婚約なんかするつもり? 


『クレシェンドの言葉の楔か。苦しかったな、フィル。誰にも言えず。身も心も傷ついて……。だが、身体から溢れるほど憎んでも何処か憎みきれない部分がある。そして幸せな記憶が憎しみの邪魔をする』 

「お、王様!心をお読みに?あれ、リト……」

王様は得意気にニコニコしている。リトだと思っていたのは王様が変化していた。 


『生理的嫌悪感。触れられたりすることはまだ怖いと思う。ただ、レガートはずっと泣いている。泣き虫だった子供の頃に戻ってしまったようにな』

ポロポロと金色の雫を落として。
金色の雫は私達兄弟の特性だ。真にいとしい者を思って泣くと涙が金色の雫になる。レガートはお前を愛している。どうしようもなくお前がいとおしいのだよ。

許せとは言わない。ただ、妖精の気をあいつから受け取ってやってくれ。
時間の『経過』を止めるにはリトの気では足らない。
リトが体調を崩す。
利用してやる、くらいの気持ちでいい、そう王さまは繋げ微笑んだ。 

「王さま……」

 フィルは俯いて言った。 

「私はあの人が憎い……です。……拭えない嫌悪感があるんです。それに今、私はあの人が怖い。頬を張られ、蹴られて、突き飛ばされて……お風呂は噴水の水でしたから…。貧しかった人間の世界の暮らしよりも、酷い。王さま…今、冷静になってレガートを好きだった理由が解らないんです。
かつての私は彼に何を見たのか。何を望んでいたのか」


ふふ、とフィルは自嘲し、俯いた。

枕を抱きしめるとふわりと香るレガートの匂いと自分の香りが混じった匂い。
嫌悪感しかない。何も食べてなかったフィルは胃液を吐き咳き込んだ。

咳き込むフィルに王さまは、背中を叩き、

 『すぐ新しいシーツと枕を!』

瞬時に綺麗な妖精さんが現れベッドは元通りになった。

『休め、フィル。ゆっくりでいい』

王さまが去り誰もいない部屋、フィルは初めて大声で泣いた。

叫ぶように泣いた。
誰に聞こえてもいい。
咎めたり、怒ったり………悲しんだりする人もいない。 

「もう嫌だ!もう疲れた!誰か助けて。誰かたすけて!うわぁぁぁあああん!」


泣きながらフィルは叫んだ。喚いた。扉が開く。風が通り来客を知らせる鈴が鳴った。


涙に顔を濡らしたレガートだった。 



『フィル、妖精の気を分けるから、受け取ってくれ。嫌なのは解っているけれど、力をとらないと、時間が……』 



フィルはレガートを見据えて鼻で笑う。

あれはただの罪の意識。愛じゃない。
ただ自分が楽になりたい偽善だ。

そう思い斜めからフィルはレガートを蔑む目差しで見つめる。どんどん意地が悪くなっていく。嫌な人間になっていく。 



「妖精の気なんていらない。しわくちゃになって、あなたを置いて醜く死んでいく。それが私の復讐。ざまあみろだよ! 毎日、悔やんで悔やんで絶望して、羽根を落として自害したら、あの世の『狭間』で会ってあげてもいいよ。愛してるんでしょ? 私を愛してるって言ったよね? 約束したのに! ずっと一緒にいようって言ったのに!」

ずっと愛しているよ。
あなたは確かにそう言ったのに。




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