妖精の園

華周夏

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【第30話】魔女クレシェンドの最期

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 響いたのは恐ろしい断末魔だった。 

「いつかあなたを葬るために持っていました。金で人間は死なない。
あなたはすでに魔物だから、エーエフでないと」

 姿を表したのは真っ黒な衣服に身を包んだ老婆。

 『指輪を作り替えるとはね、アルト……やるじゃないか。
さて、今まで楽しかったよ、
レガート。あんたもなかなか楽しめただろ?毎日フィルに溺れて。
まあ、レガート、これだけで終わるとは思わないことだね』 

魔女は息をゼェゼェと呼吸をし、血を吐いた。おばあちゃんは怒りで身体を震わせ言った。 

「この、………魔女! 私と王さまだけではなくフィルまで
……この子は死なせない! 絶対に!」 

レガートはこの時初めて、
寝台にいるフィルの容貌が魔女に変わっていくのを見た。
そして、薄桃色の髪の妖精は霧が晴れるように見るも無惨なフィルの姿に変わっていった。 

『フィル……?
 あの痩せた…血だらけの……垢まみれの娘が………フィル……?』 

レガートの両手がガタガタ震える。
レガートには、
記憶はなかったがあの状態のフィルを見て、自分が言葉に言い尽くせないほどのことをしたことは解った。


魔女クレシェンドは口から血を滴らせながら、アルトとレガートに捲し立てるように言った。 

『ああ、レガートの私との蜜月の間の生命の珠は、
私がさっき割ってやったからレガートには残念ながら今までの記憶は無いよ。
今までの真相を知りたきゃ、
フィルの生命の珠を使うんだね……。
レガートの慟哭が楽しみだよ
……まあ、親衛隊長のベッドが死に場所ってのもいいね』

 魔女は、さらさらと灰になった。
けれど、
開けてあった窓から灰が外に飛んでいった。 

「逃げたのかもしれません……フィル、止血したから大丈夫。
きっと大丈夫だよ。
信じることを捨ててはだめ。
もしものときはおばあちゃんの血をあげる。いくらでもあげるから」

 『フィル……フィル……目を、目を開けてくれ…すまない、許して…許してくれ…いや、罰してくれ! フィル!』

 げっそり痩せて、髪はこごって、つやもなくなり、口唇も肌もカサつき、
いつから風呂に入っていないのか、
垢まみれの異臭がする身体。

廊下の絨毯に出来た血の染み。

そして、すっかり大人びた顔。レガートより年上に見えた。


 レガートが、力無く両膝をつき、
震える手で意識のないフィルの、痩せこけて頬骨が出た蒼白い頬に触れようとした瞬間、おばあちゃんはレガートの手をピシャリと払った。


そして、レガートを見据えて言った。 


「……あなたにフィルに触れる資格はない。私の戴冠式にも出席してくださいませんでした。
フィルのお披露目も二人の婚約披露の儀もあの日にする予定でした。
レガート様にも言い訳したいことはございましょう。
王さまの御前で伺いましょうか。
王さまの前では嘘も無意味ですから」

 おばあちゃんは、
威厳があった。
王妃だからではない。
おばあちゃんは、フィルの哀れな姿があまりにも不憫だった。




─────────続
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