妖精の園

華周夏

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【第26話】おばあちゃんの悲しみ

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 おばあちゃんは声を落とした。力無く、うなだれるように。

 「私自身もここには留まることを許されません。暫くしたら王様のお許しを貰い、迷い森から人間界へ帰らなければ。
私たち人間は王様たち妖精と、
共に老いることができないのです。
『時間』が短いのです。
言い方を変えれば、
ここは人間界に比べ時間の流れが遅いのです。ですが人間の老いる速さはそのまま。私達人間はすぐにしわしわになって死んでしまいます。
幼かった少年のフィルが、
もう青年になろうとしています。
私達がこのまま時間を過ごせば、
すぐに王様方の年を追い越し、
老いた醜い姿になってしまう。
あなたの想いを失うのが怖い。
そして、一番怖いのは、
あなたを目の前で置いていくことです。
そこにはフィルもいる。
フィルには二度私を失わせることになる。……あの日、王様との婚礼を控え浮かれていた日のことでした。
一人の貴婦人が何処からともなく現れて、『お嬢さん、良いものを見せてご覧にあげます』と鏡を見せました。
映っていたのは、ボサボサの白髪に、皺だらけの醜い老婆の顔。
私が衝撃を受けていると
『お前の近い未来の姿だ』
と、貴婦人から姿を変えた真っ黒な衣服に身を包んだ老婆が嗤いながら言いました。『王様の寵愛もすぐになくなるね。おまけにこんな醜いお前は王様を置いて逝くんだよ』
と闇を裂くような高笑いを残しながら消えました……。
愕然としました。
王様とずっと、共にあること。
それが私の夢でしたから。
きっとフィルには耐えられない。
あの子は『与える子』です。
愛されることに飢えたレガート様を置いていけない。
レガート様を追い越すように年を取り、
弱くなり……あまりにも惨い……。
どうしたら皆が幸せになれるのでしょうか。ねえ、王様……」

おばあちゃんは、大粒の涙を流し笑う。おばあちゃんは眠りについた王様を残し、
妖精の国を去る前に考えた。

もうこの時間の流れでは故郷に帰っても家族はもういないと。
家も無いかもしれない。
フィルの家はあばら屋だった。
おばあちゃんは独りで家を建てた。

 『大丈夫だ。私の力を分けてやる。いくらでも分けてやるから。
段々と人間の気と妖精の気が混じりあっていけば、悲しい結末にはならない。
お前とフィルは共に生きられる。
老婆……森の魔女の言う通りにはさせない。レガートにも伝えておく。
フィルに毎日、
妖精の気を与えろと。
まあ二人は新婚だからな。
レガートは別な方法で気を与えているか。私たちも横になるか。
大丈夫だ。反魂の儀式が終わったばかりのお前を取って食いはせん。
伝書鳥に言葉を託した。アルト、手を』 

流れ込む光の粒子。
おばあちゃんは目を瞑る。
王様の妖精の気は春の日差しのようだった。 




「おばあちゃん………」

フィルはベッドに膝をかかえ、
しょんぼりしていた。
レガートは隣に腰掛け、困ったように、フィルの金色のゆったり飾り紐でまとめられた長い金の髪を撫でる。

 『アルト様には何か理由があるのだろう。そう気落ちするな、
フィル。私たちが婚約したことは王様も認めて下さった。不安になるなと言うのは無理だと思うが、お前の悲しい顔を見ると私も悲しくなってしまう。私はどうしたらいい?慰め方が解らない
フィル、私にどうして欲しい?』 

「一緒に手を繋いで、眠りたい。レガートの手は、繊細な手。やさしい手」 

『フィルの手は苦労をしてきた手だ。必ず幸せにする。だから不安になるな。疲れているだろう。少し眠れ』 

フィルがレガートの胸の中でうつらうつらしていると、バサバサっと、
鳥の羽音が聞こえた。
フィルは浅い眠りから目覚め、
窓の外を見る。
白銀の小さな鳥が手紙を携え囀ずっていた。 

「……レガート、綺麗な鳥がいるよ。何だろう」

 フィルがバルコニーへ出ると、
鳥はフィルに手紙を渡しきらきら光って消えた。

 「レガート、これ王様の印があるよ。レガート、起 きて」

 『ん……?どうしたフィル』

 レガートに手紙を渡す。
レガートが封を開けても何も書いていない紙が入っているだけだ。 

「何も書いてないね………。
綺麗な白銀の鳥が来たの。僕が手紙を受け取ったらきらきら光って消えちゃったの。本当だよ」

 『王様の伝書鳥だ。私用のことは、王様はよく伝書鳥を飛ばす。これは私に宛てたものだから、私の力を使わないと読めない。中々面白いから、よく見ていろ』

レガートが手をかざすと焼けつくように文字が浮かぶ。
王様がおばあちゃんから訊いた話、想いがつぶさに書いてあった。
そして王様からレガートへの指示も。
おばあちゃんがレガートとの婚約に反対した理由も解った。

 「おばあちゃん……おばあちゃん……」

 『大丈夫だ。大丈夫だから、フィル………』

 蹲り泣くフィルに、レガートはその夜ずっと寄り添って、背中を撫で、慰めた。





──────────続 
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