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【第45話】おばあちゃんの反魂
しおりを挟む『俯いてどうした?こっちを向け、フィル。考えごとか?魔法衣の着心地は慣れぬか?』
「う、うん」
真っ白の魔法衣。自然と背筋が延びるが、緊張する。もしも、という思いだけが、
フィルを支配する。
「反魂が、儀式が失敗したらどうしよう」
なんて怖くて言えない。
言ってしまったら本当になってしまいそうだとフィルは思う。
フィルとレガートは地下の魔術の間へ向かっている。
地下特有の湿気。
カツンカツンと足音が反響する石畳。
薄暗い廊下に灯される淡い炎の松明。
「レガートと離れたくない……もしも……良くない結果だったら私はレガートのお嫁さんになれないの?」
『兄上は重臣の前でお前を降嫁させると言った。決定事項だ。フィル、悩むな。気が散ったら翡翠の指輪を思い出せ。あの雪のような光……。私を癒した、奇跡の光だ。儀式中は指輪をしている私の指を握っていればいい』
親衛隊長なのに、長く白い綺麗な指。閨の時は悪戯にフィルの体を這い、
フィルに甘いため息をつかせる。
普段の仕事の時は黒の革の手袋をしていた。
『朱い爪を見せたくなかったからな』
もう必要ないとレガートは少し目を伏せた。妖精は肉は食べない。革などは行商部隊が手に入れてくるという。
生き物に対する礼の儀式を行って革は加工する。
『着いたぞ』
木彫りの装飾が施された群青のドア。
重苦しい、圧力を感じる。
『魔術担当の神官の妖精が部屋を清め、整えている。そろそろ時間だな。……衛兵、ドアを開けよ』
ふわりと何処からともなく現れた軍服に身を包んだ衛兵の妖精がレガートに恭しく頭を下げ、厚みのあるドアを開ける。
『二人とも、すまない。丁度、第一の準備が終わった所だ』
王様も、真っ白な魔法衣に身を包んでいる。こう見ると王様とレガートは本当に双子なんだなと思う。
綺麗な同じ顔が二つ。フィルは、王様はいい人だと思うけど、少し愁いを帯びた黒く長い髪のレガートが好きだ。
柔らかな笑みをフィルの前でしか見せない、口下手で不器用なレガートとずっと一緒にいたいと思う。
魔法陣の中央に淡い緑の小さな器に、
おばあちゃんの遺髪。
周りを囲む小さな火。
少し離れた所に威厳がある妖精達がいる。
やはり真っ白な魔法衣を着ている。
『この者たちは魔術に長けた神官のスラーの一族の者だ。魔術を行うときは力を借りている。今回も宜しく頼む』
『御意。それでは参りましょうか。皆様、聖水を手に取り、手を清めてくだされ。それから口をすすぎ、汚水壺に吐き出して、それからこの魔法陣の中にお入りください。全身を清めます』
幾つかの行程を経て反魂の儀式が始まった。 神官が呪文を唱え始めると、
目を瞑った王様と向かい合わせのレガートの長い髪が風を受けたように舞い上がり、
二人の心の臓辺りから生まれる小さな光の粒がおばあちゃんの遺髪の方へゆっくりと流れていく。
フィルは、レガートの手を握り、目を瞑り、おばあちゃんを思い出す。
おばあちゃんは幼いフィルの髪を撫でながら、昔話をした。
優しい、子供ながらにも可愛らしいと感じる声で、妖精の王様の『昔話』をした。
『……妖精の王様は、それはそれは綺麗な白銀の髪で、美しい透明の大きな羽根をもった、とても、優しくて、穏やかな、美しいひとでした。娘が少しでも、故郷を思い、元気をなくしていると、娘に魔法で綺麗な花の髪飾りをくれました。娘は驚き、自然と笑顔になります。王様はそんな娘を見て笑うのです。切なそうに娘の名前を呼んで笑うのです。
『お前の笑顔が私の生き甲斐なんだ。……故郷へ…帰りたいはずだな。すまない。もう少し私の側にいて欲しい。私は我儘だな………』
娘は言います。
「いいえ……我儘だなんて。………家族を、思い出すんです。幸せに暮らしているといい。私が望むのはそれだけ。懐かしむだけで帰りたいとは思いません。私はあなたの傍にいます。あなたが私を愛してくれる限りお傍にいます。だから、悲しい顔をなさらないで下さい」
王様は、
『悲しい顔をしていたか?』
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「おまじないです」
と言いました。そして言葉を繋げます。「あなたを、愛しています」
と。妖精の王様は、娘を抱きしめ言いました。
『ありがとう。私もお前が愛しい』
と言いました……』
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