妖精の園

カシューナッツ

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【第44話】レガートへの想い

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レガートはうなだれる。

 『私を愛してくれるものはいなかった。嫌悪され、忌み嫌われた。穢いと。フィルは、違った。初めての相手だ。私はただフィルを愛している。愛しているんだ。フィル、お前が好きなんだ。助けてくれ。私を……愛してくれ』

消え入るような声でレガートは言い、
テーブルに伏せた。
金色の雫が、一つ二つと、
テーブルから転がり落ちる。

フィルは痛感した。……この人は、人からの絶対的な愛情を受けたことがない。

蔑まれ、裏切られてきた。だから、どう信頼すればいいか、どう愛すればいいか、その方法が解らない。

ツェーの花びらの言う通りだ。初恋の人には心を抉るように裏切られて、目の前で自害された。そこにあったのは完全なレガートへの否定……。

ずっと、独りぼっちだった。生まれついた変えようもないもののせいであらゆる理不尽を味わってきた。

王様には、勿論親愛の情も、兄弟の情もあるだろうけれど、劣等感が絡まる蔓のように、このひとの心を締めつけただろう。まして、顔だけはそっくりな双子。

『何故私だけ愛されない』

そんな気持ちが幼いレガートにはあったはずだ。成長した今も。

フィルは自分を恥じた。
フィルが愛した相手は傷だらけの刺だらけ。一朝一夕で、完全に心を許してくれる相手ではない。

フィルは切なくて両手で、レガートの手を包む。悲しい、悲しい、レガート。そして、いとしくてたまらないレガート。 

「ごめんね……」 

『兄上を好きなことをか?私を選べないことをか?』

 レガートは顔を上げ嗤う。フィルは首を振る。 

「私が謝ったのは、私自身レガートの心の傷から逃げてたこと。ちゃんと受け止められる努力をしなかったこと。ごめんね。すぐには難しいだろうけど私はレガートが好きで、愛してる。それを疑わないで欲しい。信じて欲しい。今日真っ赤になったのは、恥ずかしいけど、今日私は王様に、閨の後のレガートを重ねた。私の金の髪を優しく撫でるレガートを見つけた。私はレガートが思うより、レガートに夢中なんだよ。だから余計なことを考えないで。私には、レガートだけ。レガートが好きだよ。
安心するまで毎日言うよ。レガートが飽きるまで言うよ。だから少しづつでも、私を花嫁として認めて。信じて欲しい」 

レガートは頷くと、下を向いてポツリと言った。

 『怖かった』

 ポツリ、とレガートが言った。

 「何が怖いの?」

 『フィルの心に、私以外の誰かが棲むこと。初めて誰かと居て、幸せだと思えるんだ。幸せを……逃がしたくない』

 レガートの心が、見えた気がした。
臆病で愛されることに不安を抱えるレガートが、手にした幸せが自分なのかと思うとフィルは泣きたくなる。 

「安心して。ぎゅっとしてあげるよ。あの日みたいに」

 ゆっくり休んで欲しい、綺麗な羽根を、休めて欲しいフィルはそう思いながらレガートの手を握った。





 「温かい?」

 お互い向かい合い、フィルの胸に顔を埋めるレガートに言う。

 『いい香りだ。髪も、全て。安心するな』

 「レガートの髪はさらさら」

 甘えるようにレガートは腕をフィルに絡ませる。 

『今日は……すまなかった。いつも、幼い頃から兄上に比べられてきた。皆、私を見ると嫌な顔をした。まるで穢いものに見たように……』

 「レガートの羽根に、触れさせて」

 フィルは嫌がるレガートの隙をみて紫色の羽根に口づけた。 

『やめろ、フィル!穢れる!』

 「穢れたりしないよ。レガートがそう思っているだけ。それにしても綺麗な色だね。スミレ色。夕焼けの反射した雲の色」

 『……そう言ってくれるのはフィルだけだ。フィルさえいてくれればいい。フィルがそう言ってくれるなら、それでいい』

ぎゅっとフィルを抱きしめるレガートは、
まるで迷子になった子供が母親を見つけて泣きながら、しがみついているように見えた。

迷路からは、出られた?
レガート。暗い森から光は差した? 

「眠って。レガートが眠るまで髪を撫でてあげるから」

 レガートは、愛情というものに飢えていた。きっと王室の中の大人達が愛情を与えたのは、兄である王様だけ。
一方弟のレガートは『呪い』扱い。

けれども、王様はそんな弟のレガートが、可哀相で仕方がなかった。

王様はレガートの唯一のレガートの理解者であろうとし、王様はレガートに惜しみ無く愛情を注いだ。それが解っていたからレガートは王様には嫌悪感を抱かなかった。
『兄弟』であれた。 

「レガート……私はあなたを失えない」

フィルは、初めて守ってあげたいと思うひとが出来た。

幸せは、少し怖い。
失いたくないと思わせるからかもしれない。レガートが少しでも安らいで、微笑っていられる場所でいたい。

フィルはここに来て三ヶ月以上経ったから当たり前かもしれないが、随分大人びたと硝子に映る自分を見て思った。
その間に、恋におちた。
月が群青の空に舟のように浮かんでいる。レガートの温かさが身体に馴染み眠くなる。 

「おやすみなさい、旦那さま」

 目を瞑る。フィルは、今、確かに幸せを掴んでいると、レガートの体温を感じながら思った。

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