妖精の園

華周夏

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【第23話】レガートの不安

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いつもニコニコしている王様しか見ていなかったフィルは王様の威厳に立ち尽くした。
皆、謁見の間から退出する中、
王様が 『フィルは残れ』 と言った。 
玉座から立ち上がり、白地に銀絹糸のドラゴンの刺繍の施したに衣装に五連の黒真珠の首飾りの準正装をした威厳のある王様を初めて見た。
今は、いつもの柔らかい笑顔を浮かべ席に通す。

 『やっと二人が幸せになれた。長かったな。レガートも術師とし、
力を解放された。フィル、
レガートの爪の傷を治してくれて礼を言う。力を封じ込めていた朱い爪からも解放された。レガートを呼ぶか』 

「王様、私に力の増幅なんて………」

 自信はなかった。翡翠の指輪も『そういうものだ』と思っていた。

 『爪の再生とは、中々出来るものではない。集中増幅の力が必要だ。なるべくなら早く反魂の儀は行いたい。『狭間』にいるうちにしか反魂は出来ないからな』 

王様は、妖精の国を統べる王であると同時に、最高の神官だ。力は王の血に近ければ近いほど強い。とすると、双子のレガートは……。 

『今レガートのことを考えたな?』 

「心をお読みに?」

 フィルは少しムッとした顔で言ってしまう。王様は、そんなフィルの顔をみると柔らかい表情になる。王様は前に、

 『へつらわない猫のような所が良い』

 と言っていた。レガートには一生懸命、 

『こっちを向いて』

 と縋りつくように、顔色を窺っていたのに、大きな違いだと、フィルは自分を省みて、うなだれる。

 『フィルの思っていることは全て顔をみれば解るな。レガートとは、つらい日々が続いたな。だがこれからはうまく行く。不憫な思いばかりしてきた弟だ。幸せにしてやってくれ。愛してやってくれ。そうそう、『毒味』は良かったか?』

 王様は、笑いをこらえながら楽しそうにしている。
フィルは恥ずかしくてたまらなかった。
フィルは傍にあったテーブルのタカタカの実を「失礼します」と頬張った。
しばらくすると憂鬱な面持ちで、レガートが現れた。
 緋色のマントと黒の軍服の親衛隊長の正装に身を包んだレガートはとても綺麗だと、物語の世界から抜け出てきたようだと思う。
何処か影があり、
愁いを帯びて、目を止めてしまうような不思議な魅力がある。
フィルはレガートに飛び付いた。
困惑した顔でレガートはフィルの背中に回した腕をほどく。

 『フィル。王様の御前だ。花婿たるもの礼儀をわきまえよ』 

「王様の花嫁じゃないよ。レガートの花婿だよ。旦那さま、なんてね。ずっと、ずっと……一緒にいられるよ、レガート………」

 フィルはレガートの腕にぎゅっとしがみついた。
段々涙声になっていくのが解る。
多分、最終的に王様はこうなる筋書きをたてていたんだとフィルは思った。

 『フィル……。王様、いや兄上。どういうことかご説明ください』 

『……私はアルトしか愛せない。それに、花婿として迎えられないからと、
伽人などとしてフィルを置くなど、
もっての他だ。
レガート、私の花婿を降婿する。
論功下賜だ。幸せを掴め。
ところでだ……お前の力を貸して欲しい。フィルもだ。
今レガートがしている指輪には守りと癒しの力があるが、爪を再生させるほどの力はない。
フィルは人間だが魔力がある。そして、魔力を力を増幅させたり変化させる力があるようだ。
……それにレガート、
お前自身、朱い爪によって封じられていた力の解放が自分では感じられるはずだ。
秘してはいるが、私と同等。
お前の気が滞りなく身体を巡っているのが見える。反魂の儀式は十五日後が月齢がいい。協力して欲しい』 

解りました。兄上……。
そう言い、レガートは王様に頭を下げた。

フィルも頭を下げる。
王様は、 
『表をあげてくれ。無理を頼んでいるのは私の方だ。フィル。人間の気を秘密裏に集め、すまなかった』

フィルは首を振り、王様はフィル達の肩に触れた。 

「王様、僕は、何を………」
『ただ、祈ればいい。こちら側へ戻って来てくれと。レガートの指輪をしている指を握り、祈ってくれ。
これで、やっと婚約だな。
まあ、まだ披露の儀はしていないが、大臣には宣言した。
無事アルトの反魂の儀式が済んで落ち着いたら、アルトの立后の儀とお前の立皇嗣の儀、フィルの披露の儀と忙しくなる。
今のうちに、フィルとの時間をゆっくり楽しめ。レガート、顔つきが柔らかくなったな。
私も、笑えるようになった
……フィルに感謝だな』
 王様は、フィルの手を取り、
そっと手の甲に口づけ、
『フィル、礼を言う。これからの儀式、宜しく頼む』
 柔らかな綺麗な笑顔で王様は言った。
優しげな表情。フィルは、
レガートと閨をともにした後、
レガートが優しく目を細めて髪を撫でる顔にあまりにもそっくりだと思った。
そんなことを考えたら顔が熱くなった。
多分真っ赤だ。
頭の中で、昨日の夜をこんなところで思い出すなんて、みっともないし、恥ずかしい。
それでも、耳元で『フィル』と優しく湿度のある声で囁くレガートの姿が、
絡まる長い黒髪の感触までも、思い出してしまう。 
「は、はい、王様」
『兄上、気安く私の花婿に触らないで下さい』 『ふふふ、悋気か。
お前が心から愛する相手ができて、良かった。では二人とも宜しく頼む。下がって良いぞ。あまり『体力』を使いすぎぬようにな』 

頭を下げて、フィルとレガートは謁見の間を後にする。
王様はクスクスと笑っていた。 

「レガート、何怒ってるの?」

謁見の間を出て、レガートは早足で歩く。
フィルは追いかけるのがやっとだ。

部屋に着き、
フィルは大声で問い詰めるように言った。 

「レガート! 何が気に入らないの?」 

『お前も……本当は……兄上がいいのか?』

 そうポツリとレガートは言うと、礼服のマントをバサリとベッドに放り投げた。マントちゃんはヒラリとフィルに泣きつくように抱きついた。可愛い。

 「何で? 何でそんな話になるの? 好きだって、愛してるって何回も言ったよ?
 何で僕を信頼してくれないの? 
疑うの? 
王様は優しくていい人だと思うけど『好き』とは違うよ!
 レガートは僕がレガートのお婿さんになるのが気に入らないの?」 

『じゃあ何故……いや、何でもない。
詮無きことだ』

 「はっきり言ってよ! 何でそうなるのか解らないよ! ……レガートの、ばか! 
もう知らない! 
勝手に独りでそう思ってれば!
僕、もう寝るっ!」 

窮屈な礼服を脱いでレガートにぶつけるように投げ、フィルは普段着に着替える。
レガートは沈痛な面持ちで、
テーブルに、曲げた肘に顔をのせずっとフィルを見ていた。
まるで捨てられた仔犬のように、
椅子に腰かけ、
悲しそうにずっとフィルを見つめる視線が、瞳が、あまりにも切なくて、
身軽な服装にに着替えたフィルはテーブルの向かいに腰掛けレガートの手を取り、
手の甲に口づけた。

 「僕の何が不満?」 

レガートはうなだれる。 

『……不満なんか、ない。無いんだ。
ただ、兄上が、フィルの手の甲に口づけたあと、お前は真っ赤になった。
フィルは、兄上が……本当は兄上が、
好きなんじゃないか? 
不安なんだ。お前の美しさは誰をも惹き付ける。美しい鳥が偶然に私の所へ来て囀ずっているだけで、
本当は兄上の所へ行きたいのではないかと……。閨も……私はただの閨の修練の相手だったら、
愛してるも、好きも、作り物だったら
……怖い、そんなことは思いたくもないのに不安だけが育っていくんだ。
何が嘘で、何が本当かも解らない。
愛しているんだ。フィル………。本当に………愛して、いるんだ……」



──────────続
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