妖精の園

華周夏

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【第21話】花婿推挙**ちょっとHなシーンあり

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 朧気な記憶。白い指で髪を撫で微笑み、額に、頬に口づけ

『怖くない。愛してる』

とレガートは言った。
その後は陶酔。フィルにはあの時、レガートしか考えられなかった。

感じられなかった。 
この人にもう会えるのは式典のときだけになる。別れる前に、レガートを身体に染み込ませたい。

そして、
視線、
瞳、
綺麗な鼻梁、
さらりとした清潔感がある口唇、
数えきれない欠片を拾い集め、独り後宮でレガートの夢を見続けようとフィルは思った。 

『何を悩んでいる?フィル』 

「花婿修業も、もう終わるね」 

『……そうだな』 

「残りの日は、この部屋にいたい。ベッドでお話したり、じゃれあったり、最後の想い出をつくりたい」

 いくら王様の双子の弟で親衛隊長といっても、重臣会議の『花婿』の推挙をされたら、 もう、今のようには会えない。
それに元々掟として、外から来たものは王様のもの。 

フィルが一つ気になることは王様と交わした言葉の数々だった。
フィルとレガートとの想いを読んで微笑んだ王様。結果的に別れ別れになるにしても、傷ついたレガートのために夢を見させてあげたかったのだろうか。

でも、あまりに残酷すぎる。
触れることも許されない関係になってしまうのに。
フィルがしょんぼりしていると、
レガートは寂しそうに微笑んだ。 

『愛しているよ。ずっとお前が好きだった。修練の時からの態度は謝りたい。
でも、フィル。ふとした仕草、
羽ペンで書く可愛らしい字、
横顔。忘れたくなくて、ずっと見ていた。どんなに好きでも、私の婿にはならない。だから、見ていた。
少しでも多く、
お前を覚えておきたくて。
たくさん意地の悪いことをした。そして言った。だが、決してお前を嫌ってしたわけじゃない。信じて欲しい』

 そうレガートは言うと、フィルは黙った。パチパチと火が燃える。

恋は火のよう。
おばあちゃん、僕はもう、後悔はないよ。想った人と結ばれた。
悲しいけど満たされてる。
フィルはつらそうなレガートを見つめ

「もういいよ」

というように、首を振った。レガートはフィルの手を握る。 

『……私はお前と出会った森で、泣きながら笑うお前を、翁の姿で見たとき、
胸が切なくて締めつけられるようだった。あまりに美しく、
悲しいと感じた。
もう、恋はしないと思っていたのに、夢中になってしまう自分がいた。……けれど、これからのお前には、私の存在はあってはいけないものだと、
自分はただの『養育係』だと割りきり冷たく接し続けた。
沢山泣かせた。すまなかった。
つらい思いをさせた。すまない。
そして、こんな私を愛してくれて、礼を言う……ありがとう』

 フィルはレガートの両手をくるむように両手で包む。じっとレガートを見つめる。このひとはやさしすぎる。
あまりにも純粋で不器用で。

フィルから口づける。触れるだけの軽いもの。 

「もう、過ぎたことだよ。悩まないで。レガートは悪くない。
レガートのことを考えないで、いじけてた僕が悪い。レガートは悪くない。何にも悪くないよ」 

あのツェーの花弁の言葉を思い出す。 


『あのひと可哀想なひと。愛されたことがないから愛しかたがわからないのよ』


 席を立つ。後ろから肩に顔を埋めレガートを抱きしめる。

 「好きだよ。ずっとレガートだけだよ」

 『私もだ。フィル。今だけは、私の花婿だ。誰にも渡さない』

 夜が明ける。陽が周り、闇が来る、その繰り返しだった。

二人でずっと抱き合っていた。

これから夜になったら花婿になる伝達の儀だ。きっともう限られた時間の中で全てを語るのは不可能かもしれない。

 『愛してる』

の言葉は口づけと同じ意味だとフィルは思う。閉められたカーテンに遮られることなく、吐息は部屋に散らばっていく。

レガートは刻むように口づけの痕を身体中に残す。
消えなければいい。フィルもレガートも同じことを思った。
擦れる汗と快感は切なさの濃度を上げていった。
フィルは尖りを吸われ、
下肢の間に顔を埋められる。
その刺激にただ、声をあげる。膝をつき、腰を上げる形になった。

レガートしか感じられない。身体の官能と心が満ちる多幸感。
何度も達しながらもレガートの熱を身体に感じていたかった。
レガートも何度もフィルの中で精を放った。足りない、足りない、フィルの心が訴える。 

「レガート、足りない。まだ、足りない」 

身体を離し押し倒され口づけられる。

 『私もだ。まるで獣だな』

 「それでも、いい」

 汗で濡れた長い黒髪を照らすのは、蝋燭のゆらゆらとした炎。レガートの瞳もゆらゆら揺れる。
フィルの瞳から涙が落ちる。
悲しみでもない、痛みでもない、
自分でも解らない。 

『フィル?』

 「レガート。好き……レガート、僕を離さないで」

 泣きながらそうフィルはレガートを求めるようにレガートの広い背中に腕を絡める。 

『責任は──取れないからな』

 肌を重ねて、
心を重ねた。
激しいレガートの身体の抽挿に快感を手にして生まれる言葉は、喘ぎと、掠れた声でお互いを呼ぶ声と、息を乱した、

『愛してる』

という 言葉だけ。
レガートがいとしい。もう、抱き合うのはこれで最後。
フィルは恥じらいを捨て獣に堕ちる。

身体をくねらせ、
媚態を作り、
喘ぎ、
乱れ、まるで獣というより娼婦だ。
それでもいい。一秒でも長くレガートを感じていたい。
レガートに溺れていたい。抱きあいながら、そうフィルは思う。 

「愛してるよ、ずっと、僕は、レガートだけ…」

もうすぐ、二人でいられるのも終わり。
こうしていられるのも…そんな考えが、フィルの中に浮かぶ。

 『愛している、フィル……』

 と言い、口づけを交わした。食むような優しい口づけ。口唇を離すとフィルは笑う。 

「僕を見つけてくれて、ありがとう」

 笑うフィルの目尻から涙が落ちる。そのまま、フィルはレガートの胸の中でうたた寝をする。レガートもフィルの髪を撫でながらうとうととしている。

フィルは猫のようにするりとレガートを起こさないようベッドから抜け出す。

カーテンの隙間から傾いた陽が差す。
フィルはカーテンを少し開け、空を見る。陽が暮れていく。

今は何時だろう。時間の感覚も解らないくらい、ずっと飽きもしないで、抱き合ったのかと苦笑する。
抱き合って、お喋りして、抱き合って……その繰り返し。

遠くの空の光を受けた雲の色がレガートの羽根の色と同じに見えた。

 「綺麗な色……。僕の一番好きな色だ……」

 そう言うフィルの頬を涙が伝った。
手のひらで拭っても拭っても涙は止まらなかった。


──────────続
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