妖精の園

カシューナッツ

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【第35話】魔女クレシェンド②

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『レガート、その格好はどうした?戦争にでも行く気か?』

 『フィルの生命の珠を取り戻してきます』

 内側に呪術避けの金のドラゴンの刺繍をした緋色のマント、
黒の軍服。
退魔のエーエフの結晶を刃にしたフルーレを腰に差し、親衛隊長の戦場の正装で、レガートはこれまでの経緯を言った。
マントちゃんにレガートが妖精の気を少し送るとマントちゃんは変化し最強の意思を持つ防具となる。

 『生命の珠をだと!……あの魔女め!』

忌々しげに王様は机を叩いた。
突風が音を立てて吹いた。
瞬間、夕暮れの空が雲で翳った。

『前にフィルに気になることを言われ色々文献を調べた。あの魔女の伝説が真実ら、王家に関わる者の、金の髪にこだわるのかもしれない。アルトと私の仲を引き裂いたのもあの魔女よ』 

『アルト様もフィルも、金の髪……』 

『ああ……魔女クレシェンドもかつて、金の髪だったらしい。そして人間だったと。だが、今は歳を重ね、魔力を得た既に魔物の部類だ。話からすればお前達が標的だと思う。あの魔女のことだ、何か交換条件を出してくるだろうな。些細なことでも疑ってかかれ……私はこの国をもう氷の園には出来ない……頼む』

レガートは、下を向き言った。ずっと胸につかえていた思いなのに、いざ口にするのが怖いと感じた。

 『兄上は、フィルをどうお思いで?花嫁……といったら正妃候補になりえます』

 『どうした。急に』

 『真剣に訊いています。今回の件は私のせいです。フィルは悲しんで、苦しんで死ぬために森へ行きました。私が、殺したんです……。最後、私に……先に空で待ってると……』

 好きだよ、の言葉と淡い微笑みは、レガートの心の奥にしまった。 

『私のせいで、生命の珠を盗られました。早くしないと間に合わない。それと……兄上のフィルへの気持ちをお聞かせください。花嫁と言うからにはフィルを心から愛し慈しむことが出来ますか?そして、フィルを苦しめ続けた私は罰に値しますか?兄上……!』

 王様は残照の朱い空を見上げ呟いた。 

『私はアルトしか愛せない。フィルは私が唯一愛したアルトの孫。苦労ばかりしかしていない子だ。レガート、二人で手を取り合い幸せになって欲しいと思っている』

そう……ですか。レガートはそう言い少し黙った。王様はレガートに歩み寄り、レガートの肩に手を置き言葉を繋ぐ。

『私はお前を罰したりしない。私にとってお前はたった一人の大切な弟だ。安心しろ。悪いようにはしない。……森の瘴気を押さえられるのは夜明けまでだ。それ以上は私の力がもたない。フィルを救ってやってくれ。頼む』

レガートは迷い森に入る。王様が封じてくれたとはいえ、まだ森の瘴気が残っている。妖精は人間より迷い森の瘴気には強いが、少なからず負の影響を受ける。

レガートは、徐々に重くなる足を引きずるようにして、しばらく歩く。

急に大きなシダの葉の下草が途絶え、視界が開けた。見たことないほどの大樹のウロに居を構える魔女の館らしきものを見つけ、レガートは扉を叩いた。 

『おやまあ、呪いの王子様が何か用かい?』 

不気味な何年生きているかさえ解らない老婆が、ニタリと笑った。まあ、お上がりよ。そう言い魔女クレシェンドはレガートを部屋に通す。蝋燭の火が揺れる。

『フィルの生命の珠を返して欲しい。見返りは蒼薔薇の硬貨五十枚だ』

 『硬貨よりも価値があるもの。お前の懐にあるものが欲しい』

 フィルが切り落とした金の髪。絹の飾り紐でまとめてある。何故解ったのか、レガートは疑問に思う。 

『何故解ったのかと言いたげだね。……金の髪が要り用でね。昔は私もあのお嬢ちゃんと同じ金髪だった』

フィルをこんな怪しげな婆と一緒にして欲しくなかったが、敢えて言わなかった。 『……そうか』 そう一言いい、レガートは黙った。クレシェンドは優しい声音で言った。

 「あんたはやさしい男だね。言いたいことをのみこんで。疲れてしまうよ。お茶を飲むといいよ」 

笑う顔が、一瞬フィルに重なった。こんな婆と何故?何かが危険だと感じたからだ。

 
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