妖精の園

カシューナッツ

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【第33話】心がほどけた迷い森

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あいしていたんだよ。今更になってしまうが、フィル、私はお前を、本当に、あいしていたよ。あいしているよ。
触れることも許されないお前を、私はあいしていたよ。


フィルは走る。宮殿を抜け、森へ。
深い迷い森へ。

独りきり、旅に出た頃はただ、死に場所を探していた。
生きる希望なんてなかった。

ただ、お伽噺のような妖精の国に行きたかった。
おばあちゃんが愛したひと、
愛した国。美しい世界。
最後くらい、夢をみていたかった。

外から来たものは妖精と会話をしたら、外には出られない。
王様の許しがない限り。迷い森が防ぐ。
王様の力がそうさせる。
レガートとの地理の修練で習った。

 「この森で、迷って死ぬんだね。よろしくね。迷い森」

確かに、迷った。
肌寒いので指で魔法陣を書き火をおこした。フィルには人間には珍しく魔力があるらしかった。

魔法陣や簡単な術も魔法学の修練で習った。ダ・カーポ文字の覚えが早いと、レガートに言われた。魔法陣の書き方も早いとも。

火を見ながら、修練を思い出す。厳しかったけれど、レガートは悪い養育係ではなかった。レガートに対して、自分が求めたものが貰えず、駄々をこねていただけだった。自分勝手な子供。泣き喚いて、レガートを責めた。

 それに、王様の側室が王様の弟の養育係に熱をあげてるなんて知れたら、とんでもないことになる。

フィルは王宮5ビオラ(1ビオラ10km)四方永久追放だろう。
レガートは良くて王太子身分剥奪。しかも腕に罪人の烙印を押されてしまう。だ。今になってフィルは思った。自分だけならまだしもレガートにも迷惑がかかる。

いくら王様が知っていたからとしても、【掟】は、重臣は許さない。
こんなことに気づかなかったなんて。それにレガートは自分とは結ばれないと最初から解っていた。その相手に兄の王様へ送るために養育していた──。

どんな気持ちだったろう。
悲しくて、つらかったと思う。
割り切らなければ、出来ない。
今頃になってあの声を思い出す

『お前がいとしい』


という切ない、絞るようなレガートの声と重ねられた口唇。

 「ごめんなさい。ごめんなさい、レガート……私は自分のことしか考えてなかったんだね……」

 レガートを傷つけた。そう言えば翁に扮したレガートに会ったのもこの森だったとぼんやりフィルはシダの枯葉を集め寝転んで思う。

頭がぼんやりし、身体の力が吸い取られていく感じがする。
森に入って3日も経ってないのに。

目蓋が重くなる。
目を閉じる。
こんな時でも目蓋の裏に浮かぶのはレガートだった。

好きだった。 

好きだけじゃ、だめなんだな。
こういう風に人って死ぬんだ。
今思い出すのはレガートの言葉。 


『好きになってくれとは言わない。嫌いにならないでくれ』

不器用で、臆病で、いとしい、美しいひと。初恋だった。 

「レガート………」 

フィルの声は、木々のざわめきに消える。フィルは宙に描いたレガートに話しかけた。 

「本当に、好きだったんだよ。あの日、出会ったあなたにほとんど一目惚れだった。空を翔んで金色の灯りが胸に灯った。あなたに抱きしめられて、幸せだった……」 

遠くから子供のドラゴンの声がした。段々近づいてくる。あの子かな。帽子に小さな火を吐いて小さな焦げを作った赤ちゃんドラゴン。

ごめんね。

もうツェーの花、咲かせてあげられないや。でも何でドラゴンなんて。 

『フィル!何処だ!』 
「レガ………ト………?」

 言葉にならない声を繋ぐ。

 『フィル!』

 と何度も名前を呼ばれ、フィルは身体を起こそうとするが力が入らない。

レガートは深い草を分け入りフィルを見つけ、抱きしめた。

レガート、泣いているの?
金色の雫がポタポタと落ちる。 

『フィル、遅くなってすまない。私が解るか、フィル。火があってよかった。迷い森の瘴気は火を嫌う。間に合って良かった。もう大丈夫だ。迷い森の力は王様に封じてもらった。すぐ帰れる。瘴気もじき収まる。フィル…今まですまなかった。……悲しませて、苦しませて。惑わせて。まさかあの言葉を……聞いていたとは思わなかった。許してくれ。すまない』



『質問の本当の答えは、私はずっと好きだった。『王様にも誰にも渡したくない』だ。一目惚れだった。フィル』 


レガートはフィルの傍らに座り、フィルの頬を撫でる。
フィルは力なくレガートを見つめ微笑んだ。 

「ありがとう、……この森だったね、レガートに出会ったの。レガート、私をこのまま森に捨てていって。もう息が苦しい。たぶん宮殿までには間に合わないよ。……先に空で待ってる。今まで我儘ばっかりだった。ごめんね。好きだったよ、私もほとんど一目惚れだった。レガートだけだよ。ずっと。ずっ…と」

 くたり、とフィルの全身の力が抜ける。 

『フィル!返事をしろ、フィル!』

 木の葉を揺らす風の中に、レガートの叫ぶような声は消えた。 

  
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