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【第31話】フィルの悲しみ
しおりを挟む暫く経って部屋に戻ったフィルは小さく「ただいま」と言った。ふわりと甘い匂いが部屋に漂う。
レガートを起こしたくなかったフィルは大事そうに抱えた籠に白い清潔な少し厚地の布をかけ静かにテーブルに置いた。
レガートはベッドから起き水を飲み、
『思ったより随分早かったな。今夜は帰らないかと思っていた』
と嘲笑するように言った。
フィルは、一瞬傷ついた顔をしたあと小さく自嘲するような笑みを浮かべ、レガートを見る。
一体自分は何をしようとして、この籠を運んでいたんだろうと、レガートの一言で、すべてが意味のない物に思えた。
そして、王様との関係を否定する気持ちも、今のレガートの言葉で失せた。
そうぼんやり思いながらレガートから窓際に星に視線を移す。
王様は『レガートはお前が好きだ』と言ったけれど、王様でも間違うことがあるみたいだとフィルは思った。
「……レガートは、それを、私が今夜帰らないことを望んでいたの?」
『王命で呼ばれたのだからな。もうお前は王様の持ち物と言っても過言ではない。階級は下がるが伽人でも寵が得られれば部屋と庭がもらえる。花嫁修行中に御召がかかるとはあまり褒められた話ではないが、良いことだ』
伽人…レガートの中の自分の扱いは花嫁ですらない。春をひさぎ、閨の伽で寵を得る。レガートは自分と王様がそういう関係だと思っている。
フィルの中に悲しみと憎しみにも似た感情が胸に渦巻く。
「レガート、一つだけ訊きたいことがあるんだ」
『一体何だ。手短に頼む』
ベッドに腰掛け、レガートは足を床に下ろした。そっけない態度のレガートを前に苦笑し、フィルは言う。
軽く首をかしげ笑った。フィルは一生懸命笑ったまま言った。笑っていないと涙が溢れてしまいそうだった。
「私を、王様に渡したくないって思った瞬間は、あった?」
レガートは、フィルを一瞥し、
『………ないな』
と一言で答えた。嘘でも、例え嘘でもいい『あった』と言って欲しかった。それが無理なら、いつもの修練でみせる沈黙でも良かった。
「そっか……じゃ、寝ようか。私はもう少し星を見ていたいからレガートは先に寝てて」
軽い口調と対照的に震える肩。洩れる嗚咽。レガートはマントちゃんに何か話しかけた。マントちゃんがフワリフワリ飛んでフィルの肩にそっとかかる。マントちゃんはフィルの涙を拭う。
『冷えてしまうからな』
フィルは笑いたくなった。フィルの最後の質問は、レガートには何も届かなかったのか。伽人扱いする相手にどうしてやさしくするんだろう。
王様に花嫁修行を頼まれたから? 全て義務? 両手にあったきらきらとした光を帯びた砂は全て零れて地面に落ちた。もう、何もない。
「……える」
『え?』
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