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【第28話】願い
しおりを挟むそれからフィルはレガートの言うことに逆らわず、何も言わず従うようになった。
修練は滞りなく進む。フィルは、毎日の続く修練には耐えられた。
けれど、あまりに冷たいレガートの態度に、あのツェーを抱いて浮かんだ景色は、自分の願望だと思うようになった。
全ては優秀な『花嫁』になるため。
それしかレガートの頭にはない。
そんなフィルを、まるで人形のようだとレガートは思った。
いつの間にかフィルの瞳の光は失われて、暗い鈍色の石のようになった。
時計の針を巻き戻すように、以前の笑顔や照れ臭そうに目を逸らすフィルに会いたいとレガートは思ってしまう。
このおこがましい思考にレガートは自嘲する。こうさせたのはレガート自身だ。
レガートはフィルがいつも声を殺して泣いているのを知っていた。
けれど、レガートは何を言ったらいいか、何をしたらいいか解らない。
レガートは眠る、出会った頃より伸びたフィルの髪に口づけ自分の『妖精の気』──『生命力』を分ける。
『すまない…こんなことしか、出来ない。……解らないんだ』
ドラゴンの厩舎に行くのを禁じ、
親衛隊と会うのも禁じた。
【掟】では花婿は王様のもの。そうレガートは心の中で言い訳をした。
最後くらい、ずっとフィルの隣に居たかった。レガートの想いとは裏腹に、日増にフィルは輝きを失っていく。
特別な修練以外はレガートの部屋で修練をする。 レガートの部屋は流石の王太弟というだけあって広い。
あまり豪奢な飾りのついたものはなく、慎ましやかだ。
修練が終わるとレガートはいつも親衛隊の日誌に目を通しているが、フィルはいつも窓際に立ち空を見ている。
まるで悲しい飛べない鳥だとレガートは思う。足枷をつけたのはレガート自身なのに。
「あの雲、シュークリームみたいだね。美味しそう」
「今の空の色、レガートの着てる夜着と同じ色」
「ねえ、レガート」
レガート、レガート……。
いつもフィルはレガートを見上げレガートの名前を呼んだ。今は、もうない。
レガートは心の中に問いかける。答えはいつも、いつでも同じ。『仕方なかった』で締めくくられる。
フィルへの想いは抱いてはいけないものだ。
想いの火は消さなければならなかった。そう思うと、レガートの心の深淵にフィルが泣きながら暗闇に金色の灯りを持って立っている姿が見える。
「レガートは私の初恋だよ。好きだよ。ずっとレガートが好きだよ」
そう言い、笑いながら泣くフィルはふっと灯りを吹き消そうとする。
『消さないでくれ、その灯りを。やっと独りじゃないと思えたんだ』
「あなたは独り。ずっと独り。僕も独りだよ。誰もいない。『仕方がない』んでしょ?」
目が覚めるとレガートの顔は涙で濡れている。こんなのは嫌だ。
けれどレガートがフィルにしていることは灯りを吹き消させることだ。
『フィル……すまない。でも仕方がないんだ。お前を兄上に届けるには、こうするしかないんだ………』
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