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【第23話】花嫁修行へ
しおりを挟む朝、目覚めるとレガートが、お茶を飲みながら椅子に腰掛け空を見ている。心なしか面持ちが暗い。
そんな最中フィルは伸びをして目を擦りながらレガートに『おはよう』と言った。
昨日に比べずっと強い日差しがレガートの白い肌を照らす。フィルは目が覚めても最初寝たふりをしてレガートを見つめていた。
綺麗なひとだと思う。けれどフィルを見つめるレガートの瞳にはいつものような光がない。フィルは昨日、『眠った』時にレガートから聞いた言葉が、耳から離れない。
呟くような言葉が胸を締めつける。
忘れられない。
忘れたくない。
あの時、素直に想いだけでも伝えるべきだったんだろうか。
通じあえたと思える瞬間は確かにあった。
『お前がいとしい』
とあの時レガートは確かに言った。
嬉しいと同時に涙がとまらなかった。
修練が終わっても、花嫁になっても胸の中の金色の灯りは消えないとフィルは思う。
けれど、レガートはフィルが起きていたことを知らない。
レガートの臆病な告白を聞いていて、触れるだけの口づけを交わしたこともフィルは知らないと思っている。
フィルは『いつか』伝えようと思った。
不確かな『いつか』。
レガートに恋をしていた。
それは、レガートも同じだった。
想いが過去に変わる前に伝えたい。いつか。───いつか。
『起きたか。声が掠れているな。蜂蜜を用意させる。昨日はすまなかった。王様の花嫁となるものに触れるなど不躾だった。謝る。暫くしたら朝食を持ってこさせる。茶でも飲んで暖まれ。私は席を外す』
レガートは黒のマントをバサリと羽織り、足早に部屋から去ろうとする。
マントちゃん本体はフィルのもとに残ろうとする。
レガートはフィルに目を合わせようともしない。
「何処へ、行くの」
扉の近くの棚の上に置いてある黒革の手袋を爪をみせつけるように──私に近づくなと言うようにしながらレガートは、不機嫌そうに話す。
『親衛隊の指導だ。副隊長のリトに指示を出す。しばらくはお前の花嫁修業を任された身だからな。任務に出れない』
面倒なことだ。
ため息をついてレガートは部屋のドアを音を立てて閉めた。
レガートの気持ちが解らない。
敏感になりすぎているのかもしれない。でも、乱暴に閉められた扉だけでフィルは悲しくなる。昨日の夜が蘇る。
あの瞬間が想いを伝える最後の機会だったのだろうか。
臆病になって、伝えることを躊躇った、その代償が今なのだろうか。
紺色のベッドにヘタリと座りこんで動けない。
「どうして……?もう、遅いの……?諦めるって、『こういうこと』なの?」
ふりだしに、戻る?
いや、それ以下だ。
王様の前で見せた姿に似ていた。
フィルを蔑み傷つけた無表情のあの姿に。
フィルは口唇に触れる。
「好きになってとは言わないから。嫌いにならないで……」
昨日のことは、レガートが『眠る』フィルに言った言葉。
存在しない言葉。
フィルがレガートに言った言葉も、存在しない言葉。
レガートの香りが少し残るベッドにもぐる。
少しして、レガートの枕をぎゅっと抱きしめ毛布を頭まで被る。
「レガート。会いたい」
さっきまで居たのに、すぐに会いたい。涙がじわりと滲む。
誰かを想って泣くなんて小説の世界。
そう思っていたのに。
フィルはこの世界に来てから泣いてばかり。それでも呼んでしまう、呟くように。
「レガート……」
『フィル。お茶だ。お前の好きなマシュマロティーだ。元気が出ないときは美味しい物を食べるといい。干し葡萄と胡桃の胚芽パンもある。暖まるから起きてお茶を飲みなさい。あとタカタカの実。好きだろう?栄養があるからお食べ』
穏やかで柔らかな声。
お腹がクーっとなった。タカタカの実は王様の寝室で昨日一度だけ食べた。
とても大きな葡萄といったらいいだろうか。みずみずしくて美味しかった。
毛布から顔を上げると、王様が窓際の椅子に腰掛け笑っている。
王様の白銀の髪が朝の陽の光に反射してきらきら光って雪の華ように綺麗だ。
「お、王様!」
フィルは飛び起き王様に駆け寄り会釈する。全く気配がなかった。
『レガートは?ん?可愛いフィル』
王様は微笑んでフィルの髪をまるで猫でも撫でるような手つきで王様は撫でた。
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