26 / 103
【第22話】《眠る》二人
しおりを挟むレガートは、フィルを抱き竦めた。
『しばらく、しばらくこのままで。花嫁に無礼とは解っている。だが、頼む…フィル……今だけでいい』
── もう、触れることはないだろうから。
レガートがそう言葉を繋げようとする前に、フィルはレガートの手に自分の手を重ねる。
「一緒に寝よう、レガート。ぎゅっとしてあげるよ。おばあちゃんが、私が泣くといつもしてくれたんだ」
『私は、泣いてなどいない』
「泣いてるよ。傷だらけで、悲しいって……泣いてるよ」
フィルとレガートは紺色の金の花の刺繍のベッドに向き合って眠る。
いつも一緒に寝ているのに、緊張する。向かい合って眠ったことなんてないからだ。
少し照れ臭いような気がしたけれど、何処か不安気なレガートを見ると全てが消える。
フィルの世界はレガートだけになる。
そっとレガートの顔を胸に抱く。髪を撫でると最初レガートは、
『フィル、手が穢れる。やめろ』
と言ったけれど、フィルは言葉に逆らうように、レガートを抱きしめる腕に力を込め、その漆黒の長い髪を優しく撫でた。
レガートの髪は柔らかくしなやかで猫を撫でているような心地よい手触りがした。
『フィルからは、砂糖を入れたホットミルクのような匂いがする。甘く、いい香りだ』
「ありがとう。……眠って。疲れているんでしょ。レガートが眠るまでこうしてるから」
『まるで、子供扱いだな。幼い頃、誰かの胸の中で眠るなんて、私にはなかった。憧れていた。誰も私に触れてくれなかった。心地よい……ものだな』
そう言い。レガートは、目を閉じる。寝息が整ったレガートに、フィルは小さく話しかけた。
《私に本当にやさしくしてくれたのは、おばあちゃんと、レガートだけだよ。嬉しかった。抱きしめられて空を飛んだとき、綺麗な妖精の使者が来てくれたって。嬉しかった。あの時、私の心には金色の灯火がついた。レガートは私の初恋なの。ずっとレガートが好きだよ。王様の花嫁さんになっても、変わらないよ………》
フィルは『眠る』レガートに語りかけ、目を閉じた。胸が痛んだ。
それは、自分の恋は叶わないことを知っているから。
フィルは目を瞑り心の中でおばあちゃんの面影を探す。笑うおばあちゃんに話しかける。
《……おばあちゃん。私は王様の花嫁になるみたい。でもなりたくない。おばあちゃんの大切なひとの花嫁なんて、なりたくないよ…。それと、恋の味を知ったよ。皆甘いって言うけど嘘だった。苦くて、つらい。叶わない想いはつらい。おばあちゃん。僕の目の前で穏やかな寝息をたてる睫毛が長い、昔のあまりにも悲しい話を、私に代償のように差し出す不器用なこの人をつめると心の臓の鼓動が速くなる。切なくて、たまらない。守ってあげたい。もう、傷ついたりしないように………》
目を瞑り、もう思い出の中のおばあちゃんにフィルがこころの中で語りかけていると、レガートの囁きが聞こえた。
《フィル……可愛らしい寝顔だな。ずっと今までのように、一緒にいられたら……おかしな話だ。何故もっと早く伝えたかったのだろうな。日頃の『ありがとう』の言葉さえ、まともに伝えられなかったな。永遠なんて、ないのに……。また親衛隊の仕事帰りに、酒場に行ったり、もう一度あの奇跡のような唄で私の庭に花畑を作って欲しかった。仕事から帰ってきて、一緒に食事をすること、同じベッドで眠る幸せな窮屈さ。みんな私の初めてはお前がくれた。フィル、今日はすまなかった。……眠りながら、泣いているのか?》
レガートは親指で『眠る』フィルの頬を包み伝う涙を拭った。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる