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【第13話】きれいになりたくて
しおりを挟む朝、いつの間にかベッドに居て、レガートが苦笑しながら少し小さめの声で、
『目が覚めたか』
とフィルに言った。
「頭が痛い」
と言う自分の声に頭が痛む。そう言うと、レガートは可笑しそうに笑い、青い変種のツェーの花でハーブティーを作ってくれた。
『私の……好きな花だ。役に立つし、綺麗だろう?二日酔いだ。飲むといい。昨日は飲み過ぎたな』
ベッドから身体を起こすフィルに綺麗なカットが施してあるカップをレガートは差し出した。
そっとフィルはカップを受けとる。触れたレガートの手袋越しの指先は暖かかった。
「レガート、楽しい時間をありがとう。親衛隊の皆といると初めて仲間ができたって感じがする。お酒って楽しいね。でもこれからは、たくさん飲まないようにするね。あ!今朝のドラゴンのブラッシング当番、私だ!どうしよう……間に合わない……」
飛び起きようとするフィルにレガートは微笑んで言った。
『私が早朝のうちやっておいた。今日は親衛隊の仕事は休みだ。ゆっくり休め』
「ごめんね。甘えて。レガートの役に立ちたいのに……お茶、もらうね。綺麗な碧色。飲むのがもったいないくらい。いただきます」
『いくらでも作るから、たくさん飲むといい。それに私はお前に甘えられると嬉しい』
「嬉しいの?」
『ああ。独りで全てを背負いこんでしまうお前に甘えられるのは……私にとっては嬉しいことなんだ。お前の、特別になった気がする』
穏やかに微笑みを浮かべるレガートの顔をじっとフィルは見つめた。
『どうした?』
「昔を思い出して。小さな幸せを拾うだけでも幸せだったのに……私は欲張りになった……」
フィルにとってこれ以上はない充足した毎日。今のままで充分満たされているはずなのに、一度はみ出た想いは消えない。レガートの心まで欲しがる。日増しに、そんな想いが溢れてくる。
想いと言うより、欲だ。フィルは俯いた。おばあちゃんが言っていたことは本当だ。
想いは水のようだと。きちんとカップに入る量だけをいれる。欲をはると水は溢れ、溢れた水は涙に変わる。
空を見つめながら、フィルはベッドから身体を起こし言った。
『どうした?フィル?』
「………私は欲張りだなって。幸せなのに、今のままで良いのに」
レガートは困ったようにフィルの目元を綺麗な白いハンカチで拭いた。
「私は、私はずるい。ずるくて、欲張りで、足りることを知らない。でも、レガート、私を嫌わないで。お願い」
『謝るな。謝らなくていいフィル。ほら、目を擦るな、どうした? 急に。少し眠れ』
レガートはベッドの傍らの椅子に腰掛け、フィルから空のカップを受け取りレガートはフィルの髪を撫でた。
好きだと伝えられたら。こんなに好きなのに。同じなのは、二人の想い。
毎朝、陽の曜日以外、朝食後は、隊服に着替えて親衛隊の仕事へ向かう。
親衛隊では色々なことをした。中でも一番フィルが好きだったのはドラゴンの世話だった。ドラゴンは何でも知っている。そして賢く勘も鋭い。
ドラゴンは本でしか見たことがなかった。けれど実際はとても大きい。でも優しい瞳をしている。
最初はちょっと怖いと思ったけれど、気高く、可愛い面もある。フィルだけが、何故かドラゴンと会話が出来る。その為に、フィルは出産前の容態がすぐ解るようにドラゴンをリトと世話する係りになった。
暫くし、お母さんになるドラゴンに言われた。
《フィルはあのレガートにお熱なんだね。レガートも大人になったもんだね。でも、遊びは続いているねぇ。最近なかったのに》
《え、そんな、なんでって、あ、遊び?》
《みるみる顔を赤くして、可愛いねぇ。レガートが好きになった女は人生一度きり。それがあまりにもつらいものだったから、レガートは身体の遊びしかしない。恋をしない。今は、違うみたいだけど。フィル、後悔はしないようにね》
フィルは、夜、眠気を我慢して起きていた。いつも鍵のかかっている部屋がある。何の部屋か訊いても『知らなくていい』と、レガートは教えてくれなかった。
程なくして意味は解る。女性の妖精を抱く部屋だった。
満月の夜、バルコニーに降り立つ長い髪の綺麗な妖精。口づけ合う二人。二人が部屋に消えても、二人分の情事の声が耳について離れない。
暫くし、綺麗な妖精さんはバルコニーからレガートに口づけをして飛び去った。それから、レガートはため息をついてシャワーを浴びた。
何食わぬ顔でフィルとの共用ベッドに滑り込むけれど、甘い女性の香水の移り香はとれていない。段々と、綺麗な妖精さんの来訪は増えていく。
レガートと綺麗な妖精さんが何をしてるかくらい解る。フィルは毎日夜がつらい。一緒にご飯を作るのも楽しくなくなってきた。何にもない顔をして、孤独を語るレガートが嫌だ。嘘つきだと思ってしまう。
レガートには恋人も、眠っているが双子のお兄さんの王様もいる。親衛隊の皆もいる。八つ当たりだって、嫉妬だと、解っている。そしてドラゴンのお母さんは言っていた。
《……恋をしない。今は、違うみたいだけど……》
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