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【第9話】不器用な二人
しおりを挟む『フィル、頼むから泣きやんでくれ。こういうとき、私はどうすればいいか、解らないんだ』
困ったようなレガートの声がより涙を誘う。フィルはしばらくレガートの胸で泣いた。あのベッドの匂いと同じ匂い。レガートの匂いだったんだとフィルは気づいた。
心地よく安心できる場所。上を向くとレガートの困りきった顔とぶつかった。フィルの涙でくしゃくしゃになった顔をレガートがポケットからハンカチで、丁寧に拭う。フィルは、小さく、
「ごめんなさい。みっともないですね」
と言った。レガートは、
『構わない。ただ敬語はよしてくれ。疲れる』
「う、うん。……ここ、レ、レガートの部屋なの?」
『ああ』
「ベッドを貸してくれてありがとう。いい匂いがしたよ。レガートは、いいひとだね。私が今まで出会った人の中で、おばあちゃんの次に」
そう、フィルが言い笑うとレガートは、
『私は……いいひとではない。お前が私をいいひとだと感じるのは、妖精の国へ連れてきて、部屋を貸し、最初に会った妖精だから、それだけだ』
レガートは【掟】のことを、フィルに伝えられない。王様が目覚め次第後宮入りだ。王様はアルト様しか愛さなかった。だから後宮は廃墟だ。掟は、酷い。レガートはフィルの背に回した腕を解く。フィルはレガートを見上げた。
「レガートはやさしいよ?私……レガートが好きだよ」
『………軽々しくそのような言葉を使うな。誤解される』
「解ってる。レガートにしか……レガートにしか言わないよ」
『………私は、お前の好きに値しない』
レガートはフィルから目を逸らした。自分には大きな二つの罪があるとレガートは思う。
一つはアルト様の孫であるフィルを──兄上、いや──王が目覚めるかもしれない外からの人間を見て見ぬふりをしていること。
二つ目は今の法だと王様が覚醒していない今、外からの人間は王宮で療養という名の監禁をしなければならないことを無視していること。要は【掟】に反していることだ。
けれど、フィルは生きる意味を失い、夢を見て妖精の国に来た。あまりにも、それは、あまりにも非情ではないのか。
誰もいない、誰にも会えない、外にも行けない廃墟の後宮に押し込められて。……だが、それは私情だ。どんな正論も想いも【掟】を前には無力だ。レガートは誰にも言えない。けれど、ただフィル傍にいたい。
【掟】よりも、
罪よりも、
兄よりも。
レガートは思った。罰せられ、後宮に連れていかれるのはフィル。レガートは厳重注意──それだけ。
昔なら【掟】に逆らうなど考えもしなかった。けれど──今は違う。掟のようにはさせない。フィルは何をしても助け出す。そしてすべてフィルの望み通りにさせてあげたい。これ以上つらい思いはさせたくない。させない。責めはすべて自分が負う。
レガートは片手で額を押さえた。フィルは険しい顔になったレガートとの気まずさを逸らしたくて話を変える。
「……そう言えば王様のお世話って何をすればいいの?あと親衛隊の雑用は?」
『王様の世話か。王様に話しかけ、共に数時間日常を過ごすことだ。親衛隊の雑用はまあ色々だな』
「レガートは?これから何をするの?」
『今日はドラゴンの厩舎に行く。あとは《氷華》の処理だ。触れると妖精は酷い凍傷になる。全てを凍らせ、魔力が強い者でないと消せない。厄介な奴だ。お前は不思議だな。人間であるのに魔力を感じる。しかし《氷華》をこれ程までに速く処理できるとは……不思議だ』
「レガート、私も……手伝っちゃだめ?レガートの従者なんでしょ?」
『親衛隊の仕事は、今はまだ体力が回復していないからしばらく休んでからだな。そうしたら、働いてもらう。王様のことは、今は考えなくていい』
「うん!頑張るから。レガート、私、頑張るから!少しでもレガートの役に立ちたい」
『どうしてだ?私みたいな者に』
「レガートみたいに強くなりたい。そして、レガートが頼れる大樹みたいになりたい。戦う術を教えて。あなたの足手まといになりたくない。無力なままな守られる私はもう嫌なの」
普段目にしてきた姫君とは違う。私を王太子としか見ない。そして、守られることを当たり前とする。
この金色の髪の娘は、これから私の傍らで剣を持つだろう。レガートはそんなことを考えた。背中を任せられる美しい姫か、純粋なだけに、心にも身体にも傷をつけたくない。
守って、温めて、孵った雛のようなフィルを大切に、扱いたいと言う気持ちもしたが、フィルはそれを望まない。この年までアルト様の看護をしながら、頼ることをしない──出来なかった自立心旺盛な乙女。
『無理はするな。では、行ってくる。何か欲しいものはあるか?宝飾品や靴、何か食べ物はどうだ?』
「ううん。レガートが元気に帰ってくるだけでいいよ、気をつけて」
バルコニーまでフィルに見送られ、レガートは羽ばたいていく。フィルは、その間レガートの部屋を掃除をした。
『身を忍べ』とのレガートの言葉に、ひっそりバルコニーの緑の世話をする。レガートは親衛隊の任務中考えていた。何故、フィルは見返りや、欲を出さない?
ある日レガートはフィルに『今日は楽しみにしていて』と、仕事前に言われたが何を楽しみにするのか解らなかった。レガートが帰ったのは雨が降りしきる、辺りが暗くなる、夜遅くのことだった。
外からの足音にフィルは魔法陣の火にかけた鍋をかき混ぜる手を止めバルコニーに出た。雨の降りが強い。
「おかえりなさい。お部屋暖まってるよ。レガート。マント濡れてる。雨、かなり降ったんだね、髪を拭かないと、風邪引いちゃう。夕ご飯だよ」
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