妖精の園

カシューナッツ

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【第5話】レガート・プレスティッシモ

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森を抜け、頬を撫でる冷たい風にフィルは一度冷静になる。遠くに大きな白亜の建物が見える。

「……ここは、何処ですか?」

『お前が一番来たかった所だ。私が許可した。普通の人間はこの一連の資質考査を通過できない。過去通過できたのはアルト様だけだ』

フィルの頭は沢山の疑問符や戸惑いでレガートの話しについていけない。《アルト様》おばあちゃんだ。やっぱり、来たんだ。他の強欲な王が遣わした使者たちは、迷い森と妖精達が許さなかった。
    
レガート達は羽をはばたかせ、森を抜け、わた帽子の花が咲く白くフワフワ可愛らしい草原にでた。レガートはフィルをそっと地面に下ろす。柔らかい。綿みたいな丈の花がムクムクして気持ちいい。

フィルは、レガートに見とれてしまう。あまりにも綺麗だと思った。整った彫刻のようだ。滑らかな白い肌も。欠けた月影さえも弾く、つやのある長い黒髪も。ステンドグラスのような紫色の羽根も。

『妖精の国へようこそ。フィル。少し私の妖精の気………簡単に言えば生命力のようなものを分けたから身体は少しだけ楽になったと思う。改めて、私はレガート・プレスティッシモ。この国の親衛隊長だ』

『改めて、リトルダンド・アレグレット。レガートの従兄弟。お酒を作る店をやってるよ。家は王族から降りたんだ。だから王室献上酒も作らせてもらってる。特別にね』

「お酒、飲んだことないです。美味しいの?」

『今度届けさせるよ。そろそろドラゴンの様子を見てくる。お産が近くて気が立っててね』
    
じゃあ、と言い透明な羽根を羽ばたかせリトは宮殿の方向に翔んでいった。

「あの、王族って、レガートは……」

『深い眠りの微睡みの中にいる王様の双子の弟であり、王様が眠っておられる今、この国の番人だ。美しい金の髪か……朝日のようだな。お前はアルト様の血族か?』

「孫、です。おばあちゃんがこの前亡くなって、家を出ました……生きる意味が解らなくなったんです。それに私一人じゃ、あの村で冬は越せない。あの、私を何処へ連れてくんですか?」

『私の部屋だ。これからお前は私の従者になってもらう。王様の世話も、親衛隊の雑用もやってもらう。何しろ人が足りない』

「おばあちゃんは王様は眠っていると。氷の世界だと……」

ため息をついてレガートは言う。

『そこなのだ。私は遊学から帰り、凍った国を溶かし、兄上を目覚めさせたが兄上は完全に覚醒しない。それに、兄上の魔法で国は成り立っていたが、今は、私とその頃共に国を出て遊学に出ていた若い親衛隊達の力で氷を溶かした』

再び、レガートは、ため息を漏らした。

『今、やっと季節らしきものが生まれ国の妖精達が生き永らえられるくらいだ。お前なら王様を目覚めさせることが出来るかもしれないな。王様が愛したお方の血を受け継ぐお前なら……』
    
自分には何の力もない。フィルはそう思っていた。植物と動物と会話が出来るのも、秘密の唄達も。村では隠すべきものだった。

「私には何の取り柄もありません。花と動物に好かれるのとイモと野菜を育てるのが得意なくらいです。大きなお役目は、とても……」

力無く笑ってフィルは俯いた。レガートは、フィルの頬を黒い革の手袋越しの大きな手でくるんだ。

『フィル。色々な美しいものを見て、人生を楽しめ。では花に好かれるお前に頼みがある。私の庭に花を咲かせてくれ。庭師すら寄り付かない。私の庭だというだけでな。あの庭が、憐れだ』

レガートは悲しく自嘲しフィルを見つめた。切れ長の二重の涼やかな瞳。その切なくひそめられた瞳の奥が、あまりにも悲しい色をしていた。

「頑張ります。高貴な紫色の羽根の、長い黒髪の美しい妖精さんに不思議な力を分けてもらったお礼です」

そうフィルは屈託ない年相応の笑顔を浮かべた。レガートは、フィルを抱きかかえ、羽根をはためかせは空を翔ぶ。

「わっ飛んでる!怖いくらい!………レガートさん……悲しい顔をしてらっしゃいますが。失礼があったんですね。すみません……」

『そんなことはない。……ないんだ。それと《レガート》でいい。気にするな。空は綺麗だろう』

「星が、近い。手が届きそうです」

『月の機嫌もいいな。お前のこの世界に来たことが嬉しいみたいだ』


綺麗だ。確かに今日の星や月は、綺麗だ。──フィル、月明かりを浴びるお前も──。

最後の言葉はレガートは、言えなかった。

出会ったばかりのまだ大人になりきれていない少女に、こんな言葉をかけてどうする?レガートは、自分の気持ちが解らない。


   
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