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【第2話】妖精の園へ
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「お腹空いた……」
あれだけ持ってきたイモも、最後の一つ。夜になり火を焚く。迷い森では、いつも夕方みたいに薄暗いが、夜は寒さが格別で、寒いし、食べられる野草もない。今日で、他の木の実などの非常食も尽きた。歩き続けて足も痛い。それに身体から力が吸いとられるような感じがして、たまに意識が霞む。
フィルは固いシダをナイフで切り、葉をベッドにして倒れ込むように横になった。
葉も固く、肌に擦れて痛い。ぼんやりした意識の中、死んでしまうのかな、と漠然とフィルは思った。死は怖くない。空へ行くだけだ。おばあちゃんには『まだ早いよ!』と怒られそうだけれど。
森に繁る枝の間から空を見上げた。おばあちゃんが話してくれたあの話のように、綺麗なものを見たかった。フィルの人生には、ほとんどあの家と畑と本だけだった。
想像し思い描くことしか出来ない街の風景や、お城。そんな、この年なら誰もがとっくに見る世界。
フィルの年の子供が街を一人で歩くのはこの髪がばれたら下手をしたらそれだけで魔女扱いで牢獄行き。それに、心臓の悪いおばあちゃんを一人で置いていけない。
フィルに自由はない。けれど、フィルはそれを不自由や、窮屈だと感じることはなかった。まるでないとは言えないが。花と語らい、風を追いかけ、草に野菜に、大きく育てとおばあちゃんと共に唄った。小さな幸せを積み上げていく。それだけで良かった。
「私は、幸せだったよ、おばあちゃん」
革の帽子を取り目を閉じる。はらり、とあらわになる飾り紐一つに結わえた長い金の髪。おばあちゃんは、髪を整えはしてくれたけど切ってはくれなかった。
『幸せの使者がお前を見つけてくださるように。必ず幸せになれるから、飾り紐で束ねておくからね』
寂しそうだったけれど、夢のように語るおばあちゃんにとっての妖精の国は、きらきらしいものだったのだろうと思う。おばあちゃんの夢。金色の髪を受け継いだフィルにも、いつかきっと夢のような未来が待っていると。亡くなる前に言っていた。
『困難が立ちはだかっても。いつかは報われる。素直な気持ちを忘れてはいけないよ。幸せに、おなり。可愛い子。おばあちゃんの、宝物』
パチパチと木が火で跳ねる。火がなければ顔の前にかざした手さえ見えないだろうくらいの深い闇が辺りを包む。
眠くなり、うつらうつらしていると誰かの声がした。低い男の声。一人ではないように思えた。フィルは、飛び起きて、震える手で傍らのナイフを握りしめた。
「だ、誰!」
フィルの声に現れたのは、長い黒髪のしわくちゃのボロを纏ったおじいさんだった。若い男達の声は気のせいだったと、フィルは安堵しナイフを置いた。
「おじいさん、迷われたのですか?火にあたって暖をお取りください。冷えますから」
『すみませんな。来慣れた森だというのに、恥ずかしい』
「恥ずかしいなんて。最近は日の入りも短くなりましたし。夜道を独りで心細かったでしょう。私はフィルと言います。おじいさんは?ほら、火にあたって下さい」
『レガートと言います。最近冷えますな』
フィルとおじいさんはしばらく世間話を楽しんだ。何故かおじいさんには色々話せてしまう。おじいさんはフィルの金の髪を見ても気味悪がったりしなかった。フィルはそれが嬉しかったし、今までそんな人はフィルの周りに誰も居なかった。おじいさんのささやかな気遣いだろうか。呪いと言われたこの髪を見て、ニコリと笑い、
『美しい髪ですね。まるで黄金だ』
知らないおじいさんは、フィルのことを、化物や、魔女扱いはしなかった。
「あ……あ、りがとうございます。嬉しいです……今まで、おばあちゃんしか、そんな言葉を掛けてくれる人はいませんでした」
フィルは、目の端から頬に熱いもの伝うのを感じた。こんな人がいたんだ。やさしい言葉をかけてくれる人なんてフィルのいた村では、おばあちゃん意外、誰もいなかった。
あれだけ持ってきたイモも、最後の一つ。夜になり火を焚く。迷い森では、いつも夕方みたいに薄暗いが、夜は寒さが格別で、寒いし、食べられる野草もない。今日で、他の木の実などの非常食も尽きた。歩き続けて足も痛い。それに身体から力が吸いとられるような感じがして、たまに意識が霞む。
フィルは固いシダをナイフで切り、葉をベッドにして倒れ込むように横になった。
葉も固く、肌に擦れて痛い。ぼんやりした意識の中、死んでしまうのかな、と漠然とフィルは思った。死は怖くない。空へ行くだけだ。おばあちゃんには『まだ早いよ!』と怒られそうだけれど。
森に繁る枝の間から空を見上げた。おばあちゃんが話してくれたあの話のように、綺麗なものを見たかった。フィルの人生には、ほとんどあの家と畑と本だけだった。
想像し思い描くことしか出来ない街の風景や、お城。そんな、この年なら誰もがとっくに見る世界。
フィルの年の子供が街を一人で歩くのはこの髪がばれたら下手をしたらそれだけで魔女扱いで牢獄行き。それに、心臓の悪いおばあちゃんを一人で置いていけない。
フィルに自由はない。けれど、フィルはそれを不自由や、窮屈だと感じることはなかった。まるでないとは言えないが。花と語らい、風を追いかけ、草に野菜に、大きく育てとおばあちゃんと共に唄った。小さな幸せを積み上げていく。それだけで良かった。
「私は、幸せだったよ、おばあちゃん」
革の帽子を取り目を閉じる。はらり、とあらわになる飾り紐一つに結わえた長い金の髪。おばあちゃんは、髪を整えはしてくれたけど切ってはくれなかった。
『幸せの使者がお前を見つけてくださるように。必ず幸せになれるから、飾り紐で束ねておくからね』
寂しそうだったけれど、夢のように語るおばあちゃんにとっての妖精の国は、きらきらしいものだったのだろうと思う。おばあちゃんの夢。金色の髪を受け継いだフィルにも、いつかきっと夢のような未来が待っていると。亡くなる前に言っていた。
『困難が立ちはだかっても。いつかは報われる。素直な気持ちを忘れてはいけないよ。幸せに、おなり。可愛い子。おばあちゃんの、宝物』
パチパチと木が火で跳ねる。火がなければ顔の前にかざした手さえ見えないだろうくらいの深い闇が辺りを包む。
眠くなり、うつらうつらしていると誰かの声がした。低い男の声。一人ではないように思えた。フィルは、飛び起きて、震える手で傍らのナイフを握りしめた。
「だ、誰!」
フィルの声に現れたのは、長い黒髪のしわくちゃのボロを纏ったおじいさんだった。若い男達の声は気のせいだったと、フィルは安堵しナイフを置いた。
「おじいさん、迷われたのですか?火にあたって暖をお取りください。冷えますから」
『すみませんな。来慣れた森だというのに、恥ずかしい』
「恥ずかしいなんて。最近は日の入りも短くなりましたし。夜道を独りで心細かったでしょう。私はフィルと言います。おじいさんは?ほら、火にあたって下さい」
『レガートと言います。最近冷えますな』
フィルとおじいさんはしばらく世間話を楽しんだ。何故かおじいさんには色々話せてしまう。おじいさんはフィルの金の髪を見ても気味悪がったりしなかった。フィルはそれが嬉しかったし、今までそんな人はフィルの周りに誰も居なかった。おじいさんのささやかな気遣いだろうか。呪いと言われたこの髪を見て、ニコリと笑い、
『美しい髪ですね。まるで黄金だ』
知らないおじいさんは、フィルのことを、化物や、魔女扱いはしなかった。
「あ……あ、りがとうございます。嬉しいです……今まで、おばあちゃんしか、そんな言葉を掛けてくれる人はいませんでした」
フィルは、目の端から頬に熱いもの伝うのを感じた。こんな人がいたんだ。やさしい言葉をかけてくれる人なんてフィルのいた村では、おばあちゃん意外、誰もいなかった。
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