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宵闇に光る蝶々〖第33話〗──②
しおりを挟むそれにきっと、もともと自分が白い毛並みだったら、空とは出逢っても、何もないだろう。まず、白い毛並みの自分なら、空の前を苦い顔をしながら、蜜柑を与えるだけだったと思う。あの出逢いは、あの幸せな半年は、無かった。
「空、会いたい。謝りたい。そうにいちゃんが全部悪い。帰って来てくれ」
泣きながら顔をあげると、自分の無様な泣き顔が鏡に映っていただけだった。そう言えば、昔、幼い空が夜中に寝床で泣いているとき、よく涙を拭ってやった。
『どうした?ぎゅってしてあげるから、おいで』
怖い夢を見たという小さな空を、胸に抱いて眠ったことを思い出す。そして空は言っていた。
『そうにいちゃんが好きだよ。よく解らないのけど、でもね、好きなの』
そうにいちゃん、大好き。
そうにいちゃん、ずっと一緒にいようね
そうにいちゃん、………さよなら
空は誰にも見られたくなかった自分の蒼く黒い狗の身体を『宵闇』のようだと『光る蝶々』の羽とも言ってくれた。あの微笑みは、もう、隣にはない。
────────────
………夕餉をとり、本を読む蒼のもとにあくせくと爺がやってきた。
蒼は、また縁談かと苦い顔をする。はっきり言って面倒だ。舞い込む縁談は全て断っている。
「爺、また縁談か?断ってくれないか。多少失礼があってもいい」
「若様!そんなことより、今しがた空様を見たのです!神社の奥に続く階段を昇るお姿を。お姿は全く昔と変わりませぬ」
もう、あれから五年過ぎた。持ち回りで社務所の手伝いをし、帰って来てから本を読み、刺繍をする。五年前とすることは刺繍をすること以外変わらない。
いつも、毎日。変わらず、ずっと。
「空は、私には会いたくないよ。あの時、空を選べなかった私なんてね。私には……会う資格もない」
秋だった。もう、霜月だ。夜。季節は違えど、風の匂いも、湿度も、五年前のあの日もこんな夜だった。この寒くなってきた季節、何故か虫の声が賑やかで、障子を開けた。急に風が吹き込んだ。
あの日、空が燃やした刺繍のうち無事だった蝶々の刺繍が風に舞った。蝋燭の灯りに触れる。もう想い出の中でしか触れられない白い手が縫いとった、黒く蒼く光る蝶々が焼けてしまう。
手を火傷しながらも布を掴んだ、はずだった。なのに、蝶々の刺繍がない。見ると、きらきら蒼い光をふりまきながら蝶が部屋を舞っている。空の不思議な力だ。
『宵闇に光る蝶々みたい』
思い出す言葉。あのとき、自分を想って刺繍をしてくれたのだろうか。愛しい、愛しい、空。本当に、愛していた。
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