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家族であること〖第29話〗──②
しおりを挟む洩れ聞いた、翠から爺への『すまなかった』の言葉。普段の翠なら絶対に言わないだろう。翠にとって空といるのはいいことかもしれない。
空は誰にでも優しい。自分じゃなくても。醜い嫉妬が、卑屈な心を浮き彫りにしているとは解っている。……翠をそんな優しい眼差しで見ないでほしい。温かい声音も自分だけに……。自分の目を背けてきた穢い独占欲が見え隠れする。
空を真ん中に、寝る。当人の空はうつらうつら浅い睡眠を繰り返す。あまり深く眠れないみたいだ。
「兄さん、起きてる?」
「ああ」
仰向けになったまま、蒼は答えた。
「空は、可愛いね。こういうのなんだけど、一目惚れだった。兄さんの許婿じゃなかったら、とっくに手を出してる」
「………そうか」
「怒らないんだね」
「山神さまの子だからな。類い稀な容姿と、純粋さ、綺麗な笑顔は誰でも惹かれるよ。邪な気持ちになっただろ」
軽く蒼は笑い、続けた。
「十五歳の俺はなったよ、お祖父様に見透かされた。お前もそうだろ?」
「まあね。……て、兄さん、山神さまの子ってどういうこと?」
蒼は空について話した。外は細かい雨が降っている。
「可哀想だ。空が。兄さん空を幸せにしてあげて。これ以上ないくらいに」
「お前はしたくないのか?」
「僕には無理だ。本当は『僕がする』って言うつもりだった。いつもの僕ならそう言ってる。けど、空は兄さんだけだ。兄さんしか見てない。………空が欲しいよ。攫いたいくらい。でもずっと、空、将棋の時も、兄さんの話ばかりしてた。自分のことみたいに嬉しそうに兄さんのことばかりを繰り返して………初めて好きになったひとだった。ずっと傍にいたかったけれど、その相手が自分じゃない誰かを見ているのは、苦しいね。叶わない想いほどつらいものはないよ。初めて、欲しいと思ったひとだった。兄さん、家督をついで、さっさと空と祝言をあげてよ。明日からは戦いだよ。頭が石みたいな親戚連中との挨拶回りでしょ?」
「ああ」
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