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桃の病と元凶と。そして、珠合わせ〖第55話〗──①
しおりを挟む空を落ち着かせようと、膝をつき、抱きしめるために伸ばした自分の手が震えていることに気づく。落ち着いていないのは、空ではなくて蒼自身だった。
「僕は大丈夫。でも、儀式………どうしよう。ごめんなさい、そうにいちゃん」
「空が謝ることじゃない」
翠は空を縄で腕を縛ってあったが傷つける縛り方ではなかった。ほどけない、縛り方ではあったが。耳と尾を出し、爪で縄を切る。
「翠、儀式まで後どれくらいだ?」
「に、兄さん?何でここが……」
「いいから何刻だ」
翠は蔵から出てきた古い懐中時計を直したものを愛用している。チラリと見て言う。
「………半刻くらい」
空は蒼の胸にクタりと顔を埋める。胸の中で『お婿さんになれる』と潤んだ安堵のくぐもった声が聴こえた。
「空。もう大丈夫だ。珠合わせの儀に、充分間に合うよ。ただ、こんなことをしたけど、翠は子供の桃に邪術、暁と同じ術がかけられてるかもしれないんだ。空、協力してくれるか?嫌か?」
蒼は、術の見解を空に告げた。空はふふっと笑って言った。
「翠くんはお義弟くんだから、特別だよ。でも………翠くん、僕が翠くんの立場でも、そうすると思うよ。それに、そうにいちゃんと翠くんの二人の話から解ったけど、術師は叔父さんで間違いないね。翠くんの親心を踏みにじって………酷いことする………」
「空、術返しは疲れるか?」
「相手によるよ。でも相手が術の最中じゃなければ、随分負担は少ないよ」
「解った」
父に伝書鳥を送る。叔父上を捕まえておくように。結界つきの離れ。だが何処かに穴はある。隣をみると小さく力なく座る翠がいる。横に座る。
「翠、俺がお前でも似たような選択をする。つらかったろう」
「に、兄さん……ごめんなさい、ごめんなさい」
泣きながら翠は手の平を床につけた。蒼は翠の丸まった背中をさする。
「よしよし。沢山泣いていいから、好きな分だけ泣け。つらかったろう。お前にとって空は大事なひとだからな。けれどお前にはもっと大事なひとができたんだな。早く、桃を助けてやろう?」
咽びながら、翠は苦しそうに言った。
「術返しは、僕も少し出来る。空には手伝ってほしい。術は体力を使うから、空は儀式が控えているから……」
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