僕の宿命の人は黒耳のもふもふ尻尾の狛犬でした!【完結】

カシューナッツ

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蝶が結びつけた二人〖第34話〗──①

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『そうにいちゃん』

    そう、自分を呼んで笑ってくれるだけで良かった。ただそれだけだった。それだけで幸せだったはずなのに、欲が出た。はみ出た欲は消えなくて、濁った感情が邪魔をした。そして、あまりに空に酷いことを無神経に、無神経と気づかず、言った。
    
 蝶がまるで空のようだ。触れられない。触れたらきっと消えてしまうように思えた。最後のあの時のように。

「悪かった。許してくれ……傷つけた。すまなかった」

    あの時素直に本当の気持ちを伝えていれば、今、空はここにいてくれていたのだろうか。蝶は自ら虫籠に入った。

 蒼は、竹細工の虫籠の入口を閉めた。鍵はかけなかった。ずっとこのままにしておきたかったが、光る蝶は案内をするように光を振り撒き、いざなおうとしているようだった。蒼は虫籠を下げ、ふらふらと外へ出た。

 暗い夜道を歩く。蝶が示す先は神社だ。鳥居をくぐり、長い階段をひたすら昇る。

「この階段の先は禁域だよ。お前はお行き。私は行けないんだ」

    蝶々を籠から出しても、寄り添うように蒼から離れようとはしない。腕をつかみ甘えるような空を思い出す。会えるなら、もう一度会いたい。少し高めの声で首を軽くかしげ『そうにいちゃん』と呼んで欲しい。あのはにかむような笑った顔がみたい。

 幼さを残す共に過ごした蜜月、そして時は経て、記憶を取り戻したが、自分の愚かさで、過去の約束した夢を一瞬で失った。いくつかの刺繍の欠片と、どんぐりとトチの実の腕飾りを残して。

 狛犬の刺繍の袋は自分で作った。かなり不格好だが、黒い蒼く光る糸で。本当の自分の色。空が『宵闇に光る蝶々の色』と言った色。今、最後に空が残した蝶が、自分をいざなう。

「仕方ない、行こうか」

    禁域に足を踏み入れた。本殿に明かりがついていた。山神さまは神無月を過ぎたのにまだここにはいらっしゃらない。父が不在だということはそういうこと。父は山神さまのお付きだからだ。まさかとは思いつつ、ゆっくりと扉を開けた。

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