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拭えない劣等感〖第30話〗
しおりを挟む「俺はお前と違ってこの毛並みだからな。あの連中には嫌われた。いつも、あの頃は寂しかった。だから、空に惹かれたのかな。こんな自分を、自分だけを見つめて、想ってくれたから」
「兄さん。大変な思いをしてきたっていうのは解ってる。でも、自信がないのを空にあてはめるなよ。あんなに想ってくれる空が可哀想だ。空は純粋に『兄さん』が好きなんだ。兄さんが紅くても、黄色でも、空は兄さんが好きになったはずだよ。兄さんは、誰もが認める文武両道の眉目秀麗と称される狛井家の嫡男じゃないか。明日は早い。寝よう?」
暫くすると翠の寝息が聴こえ始めた。
「お前は白いから言えるんだ、翠………。俺の気持ちは解らないよ。昔から虐げられた記憶は、劣等感は染み付いて、消せないんだ。それに、子供の頃なら、自分だけで済んだ。でも今は俺を『嫡男』と決めた父さんや、亡くなった母さん、親切にしてくれたひと……それに空まで侮辱される。それに俺は、自信がない。空に想われる自信が、俺にはないんだ」
恋は、触れてしまったら、欲になる。欲はとまらなくなって、想いを加速させる。愛しくて、傍に居て欲しくて、離れたくなくなって。
それで抱きあって済めばいい。
蒼は不安になる。空に、飽きられたら?飽きたら捨てられる。
自分には耐えられない。永遠を信じたいけれど、きっと、そんなものはない。
捨てられる。自分は、つまらない。話がうまいわけでも、明るいわけでもない。冷たくて、神経質だと昔、誰かに言われた。
毛並みも、普通の色じゃない……。皆が蔑む、漆黒。自分だけが違う。みんな白い中でどうして自分だけが黒いんだと蒼は思う。皆と違う、気味悪がられ、嫌われた。
『穢い』と大人は言った。
早朝、と言っても寅の刻前、目を覚ますと隣の布団から転がったらしく懐に空がいた。温かい。起こさないようにそっと布団から出ようとしたはずなのに、空は蒼の寝衣を掴み、
「少しだけ、待って」
と言った。あまりに切ない声に振り向くと、空がじっと見つめていた。
「怖い夢でも、見たのか」
「ううん」
「どうしたんだ」
「ずっと夢だったの。大好きなひとと一緒に寝て、そのひとに優しく起こしてもらうの」
蒼は空に唇に触れるだけの口づけをした。
「朝だよ、空。でも少し早いな。もう一度眠るか?」
空は嬉しそうに笑うと、ぎゅっと蒼を抱きしめた。
「今日、大変なんでしょ?うっすら聴こえたよ。頑張って。負けないでそうにいちゃん。それと『空に想われる自信が、俺にはない』ってどういうこと?どうして?何があったら信じてくれるの?」
ちょこんと座り、空は蒼を見つめる。空が逸らすことなく見つめる透明な瞳にみっともない自分が映されている気がした。
「僕が、出来ることはないの?何でもするよ。そうにいちゃんのためなら、何でも」
じっと見つめる無垢な視線に、目を逸らす。
「空は、何で俺なんだ?何で俺が好きなんだ?」
「理由はないの。ただ、そうにいちゃんが好きなの。自分でも、解らないよ。どうしようもないの。理屈じゃないの。好きに理由が必要なの?ただ好きじゃいけないの?」
好きに、理由。考えたことなんか無かった。自分が空を好きな理由。ふと目をやると、大きな瞳はクシャッと笑う。理由なんて、ない。それに、空に望むこと……ただ『そうにいちゃん』そう、自分を呼んで笑ってくれるだけでいい。
「もう一度、布団で寝ていろ。気になるようだったら襖を開けておけばいい」
恥ずかしくなり、取り繕う代わりに冷たい物言いをする自分が嫌になる。
「あ、あの……まだ、早いから、刺繍をしようと思って」
「そうか」
少しだけ乱れた寝衣が初々しい色香を感じさせた。
「そ、そうにいちゃん。お願いがあるんだけど」
「何だ」
「あの、黒の、神獣の毛並みの姿になってほしいの。鉛筆で写して、刺繍にしたくて。翠くんは寝てるし、爺やさんは外で見張りをしてるから………」
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