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山神さまの子〖第19話〗
しおりを挟む「そうにいちゃん、真っ黒でつやつや。宵闇みたい。綺麗………。触ってもいい?」
頷き身体を伏せると、空は長毛の首元に顔を埋め、片手で喉を撫でた。気持ちが良かった。温かで柔らかな匂いのする空の指。
「狛犬ってこういうことだったんだね。あ、お日さまにあたってるとこ、きらきら蒼く反射してる!光る蝶々の羽みたい」
「………空は、昔と同じことを言うんだな。だから、俺の名前は蒼。珍しい色らしい。一族はみんな白いからな。色々言われた。だから、言わせないよう努力をした。空だけだ。空なら、この姿を見られてもいい」
空は顔を首元に顔を埋めたまま傷ついていない左手で背をそっと撫でた。
「つらかったね。そうにいちゃん。小さいそうにいちゃんに会いたいよ。ぎゅっとしてあげたい」
「空………」
少し待っていてくれ、そう言い蒼は何かを唱える。狗の身体から、いつものひとの姿になった。紺色の着物姿だ。眼鏡もかけている。
「不思議……術なの?」
「まあな。獅子尾家の方と暁に挨拶をしてくる。空は着替えを持ってきた。着替えていてくれ」
用意されたのは美しい着物。けれど空は上手く着替えられない。あたふたとしているうちに時間が過ぎる。
「空、着替えたか」
廊下の障子を開けると半裸の空が四苦八苦しながら着物を着ていた。
「上手に着れなくて。いつもシャツだから……」
細い背中。欲しい、その思いは消えない。感情のままに後ろから空を抱きしめる。ほんのり、甘い匂いがする。
「そうにいちゃ………」
昔、一緒に寝たときと同じ。口づけたときとも同じ匂い。肩を掴み自分の方を向かせ、口づけた。
絡めるように、何度も口づけた。抱きしめた所から感じる熱。空と口唇を重ねている、その事実からの甘い陶酔の熱。
「くるし………」
小さな空の呟きに、蒼は我に返る。口唇を離し、俯く。本能に流される自分が恥ずかしい。
「す、すまない。急に……こんな」
「そうにいちゃんなら、いいよ。でも、慣れてなくて。そうにいちゃん、教えて?」
自分は理性はある。自制心も。けれど今の空の言葉で音をたててそれらは崩れた。
「……軽く、口を開けて。目を瞑って。息継ぎの声は、出していい」
空の長い睫毛に見とれる。暫くずっと、唇を重ねていた。空の口の中は熱く、甘い味がする。空の息継ぎの声は見た目とは違い、艶やかに色っぽい。暁の家じゃなかったら押し倒している。
実際、この後手洗いを借りて、自慰をした。思い浮かべたのは、口づけた後の自分に身を任せた空の姿だった。今の空は繭から羽化したての蝶のようだ。美しいが、何処かまだ頼りない。
手洗いから帰り、着替えを手伝ってやる。淡い水色。帯は薄緑色。流水に笹が流れるようだ。空の長いまっすぐな髪が映える。着替えるとき何かにひっかけたのか、包帯が半分以上解けてしまっていた。
「え………?」
驚いたのは傷痕だった。蒼の爪の形に濃い桜色になっているだけだ。二、三日で元通りだ。山神さまは、空が自分に術をかけられない制約の代わりに高い自己治癒の力を与えたのか。
「傷が消えている………」
「あ、ほんとだ。痛くないと思ったら、治ってる!」
村の子供にやられた深い傷や、打ち身、肋骨のひびも、治っていた。
「普段なら一週間くらいかかるんだけど。五日かからないなんて。痕もきっと残らないよ」
「この傷が一週間?」
「うん。変なの?」
「いや、いいことだ。本当に良かった」
普通なら一ヶ月は寝込むとは言わなかった。自分が愛しいと思う相手は、山神さまの子。この想いは身分違いなのだろうか。
許されるのか。もちろん自分が祈る相手は山神さまだけだ。他は誰の指図も受けるつもりはない。
一秒も時間が惜しくて、誰にも見せたくない狗の容貌に戻って、蒼は空に会いに戻った。狗の姿が一番速く駆けれるからだ。
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