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山神さまの子〖第16話〗──①
しおりを挟む蒼は膝を折り、空に縋って大声で泣きわめいた。優しく、隠すことをやめた耳に空は触れる。くすぐったいけれど、気持ちよく、落ち着く。
「ごめんな、そうにいちゃん、みっともないな」
「そんなこと、ないよ。たくさん泣いて」
──もう充分、そうにいちゃんに幸せをもったから。ありがとう──言いたい言葉は、伝えたい感情は、まだまだ沢山あるのに言おうとしたのに声が出ない。涙だけが空の目から溢れた。
───────────
神無月から家を開けっぱなしの父からも、何の音沙汰もないまま師走になった。今年は雪が降らない。何故だろう。不思議だ。そう思う間に年は明け、如月になった。眠るときは空の冷たい足先を蒼はふくらはぎに挟んでやる。
「あったかい。そうにいちゃんは、いつもいい匂いがしてあったかい。空、そうにいちゃんと寝るの大好き」
「手は、冷えてないか?ああ、冷たいな」
「冬に咲く桜があるんだよ。そうにいちゃん、今度晴れたら一緒に見に行こう?」
その日は林檎を二つ持っていった。近間だったので、ゆっくり歩く。もう尻尾は隠さない。耳も。尻尾は触り心地がいいらしく、空が触れたがるからだ。けれど『ふわふわで気持ちいい』と頬擦りされると、むず痒く、蒼の生理機能の方が危うくなる。
留守長の祖父は『この年でお勤めは面倒じゃ』と、村に結界を張った。外の者は来ないので何の問題もない。
「ここだよ、あんまり花は大きくないけど、白菊も咲いて、綺麗でしょ?」
「ああ、綺麗だな。空みたいだ」
「綺麗?空?」
「空は、綺麗だよ。この花みたいだ。儚くて、可憐な……この白菊みたいだ」
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