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宿命の星〖第1話〗
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拙い恋の始まりは、綺麗なものではなかった。いつか迎えに行くから。必ず迎えに行くから。記憶を奪われても、花婿は君しかいない。再び過去から今へ、糸が絡まりだしていく……これは宿命だろうか。
夢の中の幼い俺はそんなことを思って泣いている。
『忘れないで、そうにいちゃん……僕のこと、忘れないで………』
誰かを抱きしめようと手を伸ばしたところで、目が覚める。何故かこの夢を見ると、目が覚めた蒼は泣いている。そして、伸ばした手はいつも届かない。幼い子供が、自分を呼びながら泣いている夢。顔はわからない。けれど、何かとても大切なものを忘れてしまったような悲しさだけが蒼の胸に残る。
******
大人になってからの『初めての』出会い。あったのは蒼を支配したのは不可解な感情。そして、過去にあったのは、記憶にはない、蒼と空との本当の出会いと、哀しい別れ──。
******
「……若様、お食事中に考え事ですか?」
「あ、ああ。爺。久々にあの夢を見た。いつ見ても慣れない。悲しい夢だ」
「そうですか……」
爺は難しい顔をし、黙った。蒼が食事を終え箸を置くのを見計らったように、口を開く。
「悲しい夢、ですか……。そのうち思い出す日もくるやもしれませぬ。さて、話は変わりますが、今月は神無月。我が狛井家の旦那様と、獅子尾家の旦那様は、出雲へのお出かけになる山神さまの付き添いで村を離れるので、若様と獅子尾家の若君の暁様が、二人での留守長です。泣いてなどおられる暇はありませぬぞ。ほれほれ、耳と尾をしまってくだされ。私たちの敷地内ならよきにしろ、敷地外で出して、人間に見られたら大変です。全く、二十歳にもなられたのに。童子と変わりませんな」
食事の最後、季節の果物を食べる。蒼はまだ青く酸っぱい蜜柑が好きだ。
「爺の小言は耳に痛いな……山神さまは村の人間の心臓に沈黙の鎖をうってある。死ぬのが解っているのに我々のことを口外する馬鹿はいない。外の人間にばれたら幻術でも暗示でも使えばいい。狛井家の得意分野だろう?」
ご馳走さま。蒼がそう言うと爺が食べ終えた膳を引く。蒼は洋装はあまり好きではなく、着物を多く着るが、仕事場が敷地外なので、白のシャツに黒のデニム、黒の革靴と眼鏡だ。
『良く見えるだろうが、本当のことを見誤らぬようにな』
そう、蒼にぴったりの燻した色の銀縁眼鏡をあつえた蒼の父は言った。蒼の父も目がよくない。幼い頃、戦いの時に不利だと思っていたが、父は目を瞑り空気の揺らぎだけで、誰が何処にいるか解る。
蒼はいつも仕事がある日は屋敷の裏の山道を歩いて行く。土で舗装された道路よりこちらの獣道の方が早い。
境内の社務所に隣接した休憩所で身支度を整える。袴を穿くと気分が引き締まる気がする。
仕事場は、神社だ。山神さまを祀る神社の参拝客にお守りを売ったり、甘酒を振る舞ったり、掃除をしたりする。
親友の暁の獅子尾家と蒼の狛井家の両一族の持ち回りだが、年長者が普段、祈祷など主な仕事をこなす。蒼や暁の仕事は補佐役がほとんどだ。
今日は満月の挙げ句、神無月だ。山神さまが、出雲に出張中の上、満月のせいで結界が弱まり、この静かな村が外の人間に見つかりやすくなった。
結果、神社の参拝客も増えた。お守りを売り、玉串料を受けとる。繁盛は悪くないことだが、今日は格別寒く、忙しさと空腹で愛想笑いもひきつりそうだった。
途中、農家の兎野家の者達が、お土産に特産物の林檎や林檎の加工品を販売し始めた。とても好評なのは良かったが、その会計処理を行えるのが蒼しかおらず、目が回るようだった。
一つ腹が立つことがあった。忙しいからではない、と言ったら嘘になるが、それは、こんな時に限って暁が、いつまでたっても来ないことだ。
しかし、この客足では、この前外の本で読んだが金色の暁の髪は悪目立ちするかもしれない。外の者が多い今日は逆に居なくて良かったか、と思ったりもする。蒼は黒髪で細い銀縁の眼鏡姿だ。外の者の女子に、
『いけめんめがねだんし、しかもかんぬし』
と言われ騒がれたが良く解らなかった。
夢の中の幼い俺はそんなことを思って泣いている。
『忘れないで、そうにいちゃん……僕のこと、忘れないで………』
誰かを抱きしめようと手を伸ばしたところで、目が覚める。何故かこの夢を見ると、目が覚めた蒼は泣いている。そして、伸ばした手はいつも届かない。幼い子供が、自分を呼びながら泣いている夢。顔はわからない。けれど、何かとても大切なものを忘れてしまったような悲しさだけが蒼の胸に残る。
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大人になってからの『初めての』出会い。あったのは蒼を支配したのは不可解な感情。そして、過去にあったのは、記憶にはない、蒼と空との本当の出会いと、哀しい別れ──。
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「……若様、お食事中に考え事ですか?」
「あ、ああ。爺。久々にあの夢を見た。いつ見ても慣れない。悲しい夢だ」
「そうですか……」
爺は難しい顔をし、黙った。蒼が食事を終え箸を置くのを見計らったように、口を開く。
「悲しい夢、ですか……。そのうち思い出す日もくるやもしれませぬ。さて、話は変わりますが、今月は神無月。我が狛井家の旦那様と、獅子尾家の旦那様は、出雲へのお出かけになる山神さまの付き添いで村を離れるので、若様と獅子尾家の若君の暁様が、二人での留守長です。泣いてなどおられる暇はありませぬぞ。ほれほれ、耳と尾をしまってくだされ。私たちの敷地内ならよきにしろ、敷地外で出して、人間に見られたら大変です。全く、二十歳にもなられたのに。童子と変わりませんな」
食事の最後、季節の果物を食べる。蒼はまだ青く酸っぱい蜜柑が好きだ。
「爺の小言は耳に痛いな……山神さまは村の人間の心臓に沈黙の鎖をうってある。死ぬのが解っているのに我々のことを口外する馬鹿はいない。外の人間にばれたら幻術でも暗示でも使えばいい。狛井家の得意分野だろう?」
ご馳走さま。蒼がそう言うと爺が食べ終えた膳を引く。蒼は洋装はあまり好きではなく、着物を多く着るが、仕事場が敷地外なので、白のシャツに黒のデニム、黒の革靴と眼鏡だ。
『良く見えるだろうが、本当のことを見誤らぬようにな』
そう、蒼にぴったりの燻した色の銀縁眼鏡をあつえた蒼の父は言った。蒼の父も目がよくない。幼い頃、戦いの時に不利だと思っていたが、父は目を瞑り空気の揺らぎだけで、誰が何処にいるか解る。
蒼はいつも仕事がある日は屋敷の裏の山道を歩いて行く。土で舗装された道路よりこちらの獣道の方が早い。
境内の社務所に隣接した休憩所で身支度を整える。袴を穿くと気分が引き締まる気がする。
仕事場は、神社だ。山神さまを祀る神社の参拝客にお守りを売ったり、甘酒を振る舞ったり、掃除をしたりする。
親友の暁の獅子尾家と蒼の狛井家の両一族の持ち回りだが、年長者が普段、祈祷など主な仕事をこなす。蒼や暁の仕事は補佐役がほとんどだ。
今日は満月の挙げ句、神無月だ。山神さまが、出雲に出張中の上、満月のせいで結界が弱まり、この静かな村が外の人間に見つかりやすくなった。
結果、神社の参拝客も増えた。お守りを売り、玉串料を受けとる。繁盛は悪くないことだが、今日は格別寒く、忙しさと空腹で愛想笑いもひきつりそうだった。
途中、農家の兎野家の者達が、お土産に特産物の林檎や林檎の加工品を販売し始めた。とても好評なのは良かったが、その会計処理を行えるのが蒼しかおらず、目が回るようだった。
一つ腹が立つことがあった。忙しいからではない、と言ったら嘘になるが、それは、こんな時に限って暁が、いつまでたっても来ないことだ。
しかし、この客足では、この前外の本で読んだが金色の暁の髪は悪目立ちするかもしれない。外の者が多い今日は逆に居なくて良かったか、と思ったりもする。蒼は黒髪で細い銀縁の眼鏡姿だ。外の者の女子に、
『いけめんめがねだんし、しかもかんぬし』
と言われ騒がれたが良く解らなかった。
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