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〖第33話〗2人きりの海

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 ──薫くんと、見る初めての海は冬の海なのに、珍しく凪いでいて、砂浜にはたくさんの貝殻が落ちていた。
「海の音が聴こえますね、この貝」
「あ、ほんとだ」
「記念に持って帰ります。少しピンクで可愛い。今日のトモ先輩みたいです。寒さに当たりました?大丈夫ですか?頬がピンクです」
 薫くんは続ける。
「きっと、今日みたいに会う日は、きっと、もう、なくなるんでしょうね」
 私は『そうだね』と穏やかに、正直に言った。
「だから、最初で最後の海ですね」
 薫くんは、私を見つめた。瞳いっぱいに涙をためて私を見つめる。
「俺、追いつきますから。待っていてください。ずっと先輩が好きでした。初めて好きになったひとでした。付き合って欲しいって言われた時、本当に、嬉しかったんです」
「薫くん……」
「思い出だけに住むのは嫌です。だから、俺を待っていて下さい」
 俺を、過去の人にしないで下さい……。
「待ってるよ。待ってるから」
 薫くんは微笑んだ。涙をこぼしながら笑っていた。
「……だから、会いません。もう、トモ先輩には、会いません。未練がましく縋ってトモ先輩に迷惑をかけたくないんです。2年後──先輩と同じ大学に合格したら、T大の入学式、縁結びの神社のあの・・木槿の木の下で、会いましょう。待っていて下さい。式が終わり次第、花は咲いてないけれど、会いに行きますから。」
 その日の夜、初雪が降った。薫くんと一緒に見たかった。綺麗なものを見るとき、楽しいことをするとき、薫くんにいて欲しいと思った。 
 
──────────────

《高校を卒業して》

 ──お父さんは家にいる、お母さんの買い物には必ず付き合ってマルマルへ行く。そしてパソコンを使い、リモートやデスクワークをしている。
 お父さんが帰ってきたのは、真奈美たちの騒動の1ヶ月後のことだった。後から1ヶ月何処にいたか聴いたところ、仕事場に泊まり込んでいたらしい。午後6時。チャイムが鳴った。鍵を開ける音とお父さんの声。
「あがっても……いいか?」
「どうぞ、あなたの家でしょ」
 あなたが王様のお家。そんな揶揄を入れたピリッとしたお母さんの声にお父さんは、小さくうなだれた。
「これからは変わるから。お前たちを失望させたりしないから……。3人にプレゼントがあるんだ。涼美、輝美、智美、ただいま」
「1ヶ月もふらふら何処にいたのよ。ヨレヨレの格好で。まったく、心配させないでよ。お帰りなさい」
「おかえり、お父さん」
「おかえりなさい。お茶、淹れるわね」
「淹れなくていい。もう、いい!もういいんだ!」
 お母さんの言葉を聴いた瞬間、お父さんの目から堰を切ったかのように涙を溢れ出た。
「ごめんな。みんな。相手の女性とは……別れた。きちんと。ご機嫌とりにしかみえないが、これ、プレゼントなんだ。前々から用意しておいた。……箱が、流行りの可愛らしい物じゃなくなってしまって、ごめんな。お父さんと涼美の還暦がきたら皆に、渡そうと思っていた」
 お父さんは、古い黒のヨレヨレの革の鞄から綺麗なビロードの箱を取り出した。
「輝美と智美が大人になったなと、祝いの品として。涼美には、感謝を込めて買っておいた。今となっては、ただ恩着せがましい物になってしまったが、受け取ってくれ」
 私にはスターサファイアのネックレス
 お姉ちゃんにはスタールビーのネックレス
 お母さんには、ブラックオパールの指輪だった。
「学生時代、涼美が言ってたんだ。ショーケースの中のブラックオパールを見て『星空みたいだ』って。お父さんはその頃貧乏で買ってあげられなかった……」
 昔から貯めていたお父さんのお金だ。家計やカードからは使っていないから。いつかお前たちにと、貯めていたものだ。ご機嫌とりじゃないんだ。渡さないと、もう、渡せないかもしれないから……。
 その日、お父さんとお母さんは夜遅くまで話していた。
 次の日の朝御飯は、みんなが好きなホットケーキに蜂蜜をかけたものと、お母さんが好きな紅茶だった。
「美味しいな……」
 美味しいな……。紅茶を飲んだお父さんは下を向いて泣いた。お父さんは、その日から泣いてばかり。
 アイロンかけておいたのあるから、シャツ脱いで。鞄と靴も、みがいておくから。ほら、しゃんとして。透さん。いってらっしゃい。よその綺麗な花に、もう目移りしないで。あなたが帰る家はここよ。
 今日の朝ご飯は若い頃、同棲していたお母さんとお父さんの朝の定番メニュー。毎日のように食べていたのよ。貧乏だったからね。後からお母さんは懐かしいものをみるように、お父さんがいた席を見詰めていた。
「お母さんがホットケーキを焼いてお父さんはティーパックの紅茶の係だったの」
 お母さんは、続けた。
「『今は昔』にならないでいて欲しかったの。人は変わる、そう言われてしまえばそれまでだけど。でも、やり直すことはできるって、昨日お父さんと話して思ったの。昔、愛した人だから。おかあさんは、愛してたのよ。捨てられないの。ごめんね、2人にも言うべきだった。けれど、いつかあなたたちはこの家を出る。恋をして、大切な人を見つけるのよ」

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 《時は過ぎて、大学1年》

 薫くんに会わなくなって、どれくらいたっただろう。私は志望した大学に合格した。引っ越した。大学生活は、新鮮だった。と思ったのも束の間。レポートと講義に追われながら毎日を過ごす。眩暈をおこすくらいの忙しさだった。
 初めての一人暮らしは、防犯ブザーや、その他諸々、防犯面にお父さんが電気屋さんで気を配って完全防御にした。
 電化製品は、お母さんと見に行った。最低限の物を買った。お母さんは、左手の薬指にブラックオパールのリングをつけていた。『綺麗ね』と私が言ったら、
「これ、一回はめたらとれなくなったの。それにお父さんは家事全般『俺がやるから』ってきかないし」
 愚痴のようだけど、お母さんは嬉しそうだった。私は照れ臭そうに笑うお母さんを始めてみた。お母さんのこの顔を取り戻させたのは──お父さんだった。

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