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〖第20話〗いつもの土曜日
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「アグレッシブなお姉さんですね。輝お姉さん、は芙蓉みたいですね。艶やかで、人の目を惹く美しさがあります。トモ先輩はは白百合や桔梗みたいな、凛とした知性を感じさせる美しさがありますね。少し近寄りがたい、高嶺の花。そんなイメージをいだきました。輝お姉さんがルビー、智美さんはサファイア。解る気がします」
「どうして、お姉ちゃんがルビー?」
「全くの予測で失礼ですが、お二人の薔薇のアンティークイヤリングが同じに見えました。輝お姉さんが赤。多分ルビー。わざわざスピネルは使わないと。先輩はサファイア、ですよね。どちらも同じ鉱石ですよ、元は。姉妹っていいですね」
私を見つめる瞳が優しい。
「俺の誕生石もサファイアです。何か先輩と同じものを持ちたいので、あればですが先輩のイヤリングを買ったお店につれていって下さい」
「うん。水族館に行く前に行く?あ、ちょっと待って!渡したいものが、あるの……」
《ウォーキングデート 1month ago》
まだ、夏は始まり。向日葵が元気だ。楽しみにしている毎週土曜日の散歩。歩くのも暑くなってきたので時間を早め、5時からにした。夏期講習はあるけれど、午前中だから体力は使わない。それに涼しいし、薫くんは私が貧血で倒れてから5分毎に休憩を取ってくれる。大丈夫ですか?と声をかけてくれる。他にも酸素のシューと吸うボンベ?とか、冷やしたタオルとか、色々。リュックが重くなるのに準備してくれている。
「私は大丈夫だよ」
「ええ。解ってますよ。このリュックは、俺の自己満足です。だからトモ先輩は気にしなくていいんですよ」
そう言い微笑む。休憩のベンチで、早めの朝御飯。
「あ!これ、コロッケの玉子焼き?美味しい!」
「あ……それ。残り物ですみません。昨日の夜、マルマルの、値下げのコロッケで作りました。手はつけてませんよ。すみません。こんな……」
「どうして謝るの?美味しいよ。作りたてはフワフワなんだろうね。でも、薫くんのお弁当のこのコロッケ玉子焼き、冷たいの美味しいよ。もう1個もらっていい?」
「好きなだけ」
薫くんが小さく見えた。
「美味しい。このうり坊みたいな、飾り切りしてあるおつけもの、美味しいね。山葵が爽やか」
「これは、ムキムキの料理家さんのYouTubeで。隠し味に砂糖が入っています。昨日の夜、寝る前に寝かせて……すみません。何か、気を遣わせて」
「どうして?」
「豪華な料理、食べさせてあげられなくて……。でも、お総菜は嫌で。小さい頃、ずっと買って食べる生活で、それでは嫌だと中学生からご飯作って。でも、うまくいかなくて。……すみませんこんな、湿っぽい話。やめましょう」
ますます、薫くんが小さく見える。
「薫くんが作るものはみんな美味しいよ。よく解らないけど私が美味しいって保証する。この雷こんにゃくも、ピーマンの炒め物も、美味しいよ、この美味しいご飯は?どうやって作るの?」
「テレビで見て。お醤油とお酒で炊くんです。俺なりのアレンジで鰹節を混ぜるんです」
「うん、鰹節効いてる。美味しいね。私、薫くんのお弁当大好き。すっごく美味しい。私、料理はあんまり上手じゃないの。薫くんはすごいね」
私が褒めても、薫くんはどんどん小さくなる。
「よしよし」
私は薫くんの頭を撫でる。
「マメじゃないんですから」
薫くんは頭を振る。私は構わず頭を撫でた。
「薫くんは頑張っているよ」
軽く薫くんは俯いた。
「頑張ってないです。まだまだ、足りないです。勉強も、スポーツも……何にも……」
「充分頑張ってるよ。よく頑張ってきたね。ずっと、独りで頑張ってきたんでしょ?」
小さく薫くんは頷いた。
「私は《独り》っていうのは、少しだけしか解らない。ただ、陸上部にいた時《独りだな》って思ってた時くらい。薫くんは、それが日常だったんだね。今まで頑張ってきたね……薫くんの支えはマメだったんだね……」
今までよく頑張ってきたね。
えらいね。
独りで頑張ってきたね。
大変だったこと、沢山あったと思うけど、乗り越えてきたんだね。
薫くんは頑張ってるよ。
もうそろそろ、自分を褒めてあげて。
頑張ってない自分を許してあげて。
もう、いいじゃない。充分よ。
もう、無理に頑張らないで。
頑張り過ぎると息ができなくなるの。
酸欠の金魚みたいに。
何にも楽しくなくなっちゃうよ?
クラスでの昔の私はそうだった。
薫くんは、音もなく、静かに泣く人なんだと、知った。私は残り少なくなったお弁当箱を横において、薫くんを胸に抱いた。Tシャツに薫くんの涙がどんどん染みて、冷たく感じた。
「誰も悪くないの。解る?」
コクンと、薫くんは頷く。
「薫くんも、悪くないの。解る?」
コクンと、躊躇いがちに、薫くんは頷いた。
「よかった。独りがつらくなったら連絡して。すぐに連絡するから。文字は残るの。だから私必ず、薫くんに暑中見舞いと、年賀状は必ず書くね。ずっと、書き続けるから。誕生日は何か贈るよ。サファイアにちなんだものとか。ずっと、一緒にいられたらいいね」
頷く薫くんに『ずっと、一緒にいようね』とは、言えなかった。不確かな未来の約束をするほど、私は、残酷なことは出来ない。薫くんは、濡れた瞳で私を見つめる。眼鏡を外しているせいか、いつもと全然違う人に見える。
「いつかの《いつか》を言わないのが、トモ先輩のやさしさですね。じゃあ、幕を下ろすのは先輩で。俺には、出来ません。初めて、誰かを好きになった。追いかけ続けましたひとがトモ先輩です。高校の陸上部で先輩を見かけて嬉しかった。でも、見つけた先輩は、中学の時の輝きはなかった。まるで、枯れかけた花でした。毒虫がへばりついて葉を食い荒らしているようだった。助けたかった。先輩の視線の先が俺じゃなくても、先輩には笑顔が似合う、先輩でいて欲しかった。幸せでいて欲しかった。隣が俺じゃなくてもいい。先輩が毎日、平穏な日々を送ってくれるなら。毎日、そう思っていました。でも……」
でも?と私は瞳で問いかけた。
「人間には、欲があるんです。先輩を独占したいし、独占されたい。……俺、どうかしてる。今日は、ダメですね。みっともないところばかりみせて。柚子茶、飲みます?」
私は『ありがとう』と言った。甘くて美味しい。でも爽やか。薫くんみたい。
そう伝えると、
「試して……みませんか?」
そう、『目を瞑って下さい』と言われる。深いキスをした。何だかドキドキして、身体の中が熱くなる。初めてこんなキスをするのに、はしたないけど私は蕩けるほど気持ちがいいと感じた。
「柚子茶を飲めば、思い出しますよ。俺を忘れても、俺のこと。甘くて、美味しくて、爽やかでしたか?」
薫くんは、笑う。綺麗に笑う。その笑顔は哀しくて、寂しさは拭えなかった。
「どうして、お姉ちゃんがルビー?」
「全くの予測で失礼ですが、お二人の薔薇のアンティークイヤリングが同じに見えました。輝お姉さんが赤。多分ルビー。わざわざスピネルは使わないと。先輩はサファイア、ですよね。どちらも同じ鉱石ですよ、元は。姉妹っていいですね」
私を見つめる瞳が優しい。
「俺の誕生石もサファイアです。何か先輩と同じものを持ちたいので、あればですが先輩のイヤリングを買ったお店につれていって下さい」
「うん。水族館に行く前に行く?あ、ちょっと待って!渡したいものが、あるの……」
《ウォーキングデート 1month ago》
まだ、夏は始まり。向日葵が元気だ。楽しみにしている毎週土曜日の散歩。歩くのも暑くなってきたので時間を早め、5時からにした。夏期講習はあるけれど、午前中だから体力は使わない。それに涼しいし、薫くんは私が貧血で倒れてから5分毎に休憩を取ってくれる。大丈夫ですか?と声をかけてくれる。他にも酸素のシューと吸うボンベ?とか、冷やしたタオルとか、色々。リュックが重くなるのに準備してくれている。
「私は大丈夫だよ」
「ええ。解ってますよ。このリュックは、俺の自己満足です。だからトモ先輩は気にしなくていいんですよ」
そう言い微笑む。休憩のベンチで、早めの朝御飯。
「あ!これ、コロッケの玉子焼き?美味しい!」
「あ……それ。残り物ですみません。昨日の夜、マルマルの、値下げのコロッケで作りました。手はつけてませんよ。すみません。こんな……」
「どうして謝るの?美味しいよ。作りたてはフワフワなんだろうね。でも、薫くんのお弁当のこのコロッケ玉子焼き、冷たいの美味しいよ。もう1個もらっていい?」
「好きなだけ」
薫くんが小さく見えた。
「美味しい。このうり坊みたいな、飾り切りしてあるおつけもの、美味しいね。山葵が爽やか」
「これは、ムキムキの料理家さんのYouTubeで。隠し味に砂糖が入っています。昨日の夜、寝る前に寝かせて……すみません。何か、気を遣わせて」
「どうして?」
「豪華な料理、食べさせてあげられなくて……。でも、お総菜は嫌で。小さい頃、ずっと買って食べる生活で、それでは嫌だと中学生からご飯作って。でも、うまくいかなくて。……すみませんこんな、湿っぽい話。やめましょう」
ますます、薫くんが小さく見える。
「薫くんが作るものはみんな美味しいよ。よく解らないけど私が美味しいって保証する。この雷こんにゃくも、ピーマンの炒め物も、美味しいよ、この美味しいご飯は?どうやって作るの?」
「テレビで見て。お醤油とお酒で炊くんです。俺なりのアレンジで鰹節を混ぜるんです」
「うん、鰹節効いてる。美味しいね。私、薫くんのお弁当大好き。すっごく美味しい。私、料理はあんまり上手じゃないの。薫くんはすごいね」
私が褒めても、薫くんはどんどん小さくなる。
「よしよし」
私は薫くんの頭を撫でる。
「マメじゃないんですから」
薫くんは頭を振る。私は構わず頭を撫でた。
「薫くんは頑張っているよ」
軽く薫くんは俯いた。
「頑張ってないです。まだまだ、足りないです。勉強も、スポーツも……何にも……」
「充分頑張ってるよ。よく頑張ってきたね。ずっと、独りで頑張ってきたんでしょ?」
小さく薫くんは頷いた。
「私は《独り》っていうのは、少しだけしか解らない。ただ、陸上部にいた時《独りだな》って思ってた時くらい。薫くんは、それが日常だったんだね。今まで頑張ってきたね……薫くんの支えはマメだったんだね……」
今までよく頑張ってきたね。
えらいね。
独りで頑張ってきたね。
大変だったこと、沢山あったと思うけど、乗り越えてきたんだね。
薫くんは頑張ってるよ。
もうそろそろ、自分を褒めてあげて。
頑張ってない自分を許してあげて。
もう、いいじゃない。充分よ。
もう、無理に頑張らないで。
頑張り過ぎると息ができなくなるの。
酸欠の金魚みたいに。
何にも楽しくなくなっちゃうよ?
クラスでの昔の私はそうだった。
薫くんは、音もなく、静かに泣く人なんだと、知った。私は残り少なくなったお弁当箱を横において、薫くんを胸に抱いた。Tシャツに薫くんの涙がどんどん染みて、冷たく感じた。
「誰も悪くないの。解る?」
コクンと、薫くんは頷く。
「薫くんも、悪くないの。解る?」
コクンと、躊躇いがちに、薫くんは頷いた。
「よかった。独りがつらくなったら連絡して。すぐに連絡するから。文字は残るの。だから私必ず、薫くんに暑中見舞いと、年賀状は必ず書くね。ずっと、書き続けるから。誕生日は何か贈るよ。サファイアにちなんだものとか。ずっと、一緒にいられたらいいね」
頷く薫くんに『ずっと、一緒にいようね』とは、言えなかった。不確かな未来の約束をするほど、私は、残酷なことは出来ない。薫くんは、濡れた瞳で私を見つめる。眼鏡を外しているせいか、いつもと全然違う人に見える。
「いつかの《いつか》を言わないのが、トモ先輩のやさしさですね。じゃあ、幕を下ろすのは先輩で。俺には、出来ません。初めて、誰かを好きになった。追いかけ続けましたひとがトモ先輩です。高校の陸上部で先輩を見かけて嬉しかった。でも、見つけた先輩は、中学の時の輝きはなかった。まるで、枯れかけた花でした。毒虫がへばりついて葉を食い荒らしているようだった。助けたかった。先輩の視線の先が俺じゃなくても、先輩には笑顔が似合う、先輩でいて欲しかった。幸せでいて欲しかった。隣が俺じゃなくてもいい。先輩が毎日、平穏な日々を送ってくれるなら。毎日、そう思っていました。でも……」
でも?と私は瞳で問いかけた。
「人間には、欲があるんです。先輩を独占したいし、独占されたい。……俺、どうかしてる。今日は、ダメですね。みっともないところばかりみせて。柚子茶、飲みます?」
私は『ありがとう』と言った。甘くて美味しい。でも爽やか。薫くんみたい。
そう伝えると、
「試して……みませんか?」
そう、『目を瞑って下さい』と言われる。深いキスをした。何だかドキドキして、身体の中が熱くなる。初めてこんなキスをするのに、はしたないけど私は蕩けるほど気持ちがいいと感じた。
「柚子茶を飲めば、思い出しますよ。俺を忘れても、俺のこと。甘くて、美味しくて、爽やかでしたか?」
薫くんは、笑う。綺麗に笑う。その笑顔は哀しくて、寂しさは拭えなかった。
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