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〖第18話〗金色のブレスレット
しおりを挟む少し前の私の血液内科の日。雨の日だった。今しがた出ていったと私くらいしか解らない、お母さんは気づかないで欲しいと思ったハイヒールの足跡。
晴れの日、ゲリラ豪雨の時間。黄砂が降った日。お父さん。私、馬鹿じゃないし、もう子供じゃないの。解るのよ。お父さん。汚い。汚い。汚い!よりによってなんで家にあげたりするの?私はソファーに座りたくもなかった。家が全部汚された気がした。思い出も全部泥まみれに感じた。2人でラーメン食べた思い出も、海に蟹を取りに行った思い出も。あと、何かあるはずだ。私は答を探す。あ、甘酒。あれ?私とお父さんとの2人である思い出、これしかなかった?運動会も、卒業式も、テスト結果も、全部無視された。父親らしいことなんてまともにされた憶えない!居たのは、お母さん。あと叔父さん。晩婚で子供が遅かったから、私をその分可愛がってくれたのかもしれない。
「トモ、これビール!しかもさっき飲んだの8パーセントのレモンのチューハイじゃない!大丈夫?」
「これ、お酒なの?」
「そう。お酒だよ。お酒は怖いものだから、お姉ちゃんがいいよって言った時しか飲んじゃダメ。バレて退学になったら2度と薫くんに会えなくなるよ!」
その言葉に私は大泣きした。泥酔した私にお姉ちゃんはほとほと困って、薫くんに電話した。5分くらいしてマメちゃんを連れた薫くんが家に来た。
「薫くん~会えなくなるの?私たち会えなくなるの?」
「は?何ですか、それ」
「智美の姉です。夜分にごめんね。妹から色々話は伺っています」
お姉ちゃんが、これまでの経緯を薫くんに説明していた。
「先輩、俺は大学には自宅か一人暮らしだと決めてますし。だから会えないなんてことは、ないですよ。不安なのは俺です。大学に行った先輩が、かわってしまうんじゃないか、遠い存在になるんじゃないか、不安なんです。変らないで待っててください。明日また話しましょう。夜更けに失礼しました。おやすみなさい」
「薫くん、ギューってして」
困ったなぁお姉さんのいる手前……と言う顔をして、薫くんは、お姉ちゃんを見た。お姉ちゃんがコクコクと頷き、薫くんは、ギュっと私を抱きしめた。
「この子、立派なアラスカンマラミュートね」
お姉ちゃんは、しゃがみ聴いた。
「名前は何て言うの?」
「豆太郎、通称『マメ』か『マメちゃん』です。無駄吠えしないので。大人しい子です」
「自慢なのね」
「ええ。賢い子です。先輩、おやすみなさい。お姉さんも」
振り向きながら走る薫くんは、綺麗なストロークで、マメちゃんをつれて、夜道に消えた。
──────────────
「トモちょっといい?」
一樹が席に来て、私をベランダに促した。今、一樹は私のことを『結城』ではなく、昔のように『トモ』と呼ぶ。
誰もいない、ベランダ。生物クラブが植えた鳳仙花が元気がない。
「あのさ、1年の宗谷と付き合ってるって、本当なのか?」
私は素直に頷いた。迷う気持ちはなかった。
「うん。付き合ってるよ」
「宗谷に、あの音声データと引き換えに、とか言われたのか?」
「違うよ!私が付き合ってって言ったの。薫くんと一緒にいると、穏やかで心が満たされるの。私は一瞬一瞬を大切にする薫くんが好きなの。誰かさんみたいな激情型はうんざり。あの時、真奈美の肩持った、ううん、私を信じきれなかった誰かさんとは違うの!」
一樹は声を荒げた。
「俺は、諦めないって言った!好きだって、言った!その証拠にブレスレットも渡したろ?トモが好きだから。あのブレスレットだけでもお前の傍に居たかった!真奈美のそばに俺がいないとお前が危ないと思ったから!でも、気持ちは、気持ちだけは、お前のところに置いてきた、お前だけだって、伝えたくて……。もう、真奈美はいない。トモ、もう一度考え直せないか?宗谷じゃなくて、俺を選んでくれないか?」
無理だよ、小さく言った。薫くんは蛹のまま息絶えようとしていた私を見つけてくれた。見放すことはなかった。そして、羽化した私を綺麗だと、可愛いと優しく扱ってくれた。
私が昔、一樹を見つめる中、薫くんは私を見つめていたと言っていた。視線が交差しないのが解っているのに。自分の気持ちを押し付けることもなく、あの仏頂面で、抑揚のない声で、いつも助けてくれた。あくまでも『同情』でもなく、おしつけがましい『親切』でもなく。ただ、落ちていた鉛筆を拾って『これ、誰の?』というようなスマートなモラルに隠した、好意。けれど私に決して気づかせないような優しさで。
「一樹、ありがとう。でも、解ってない。あの時、ブレスレットを渡すとき、直前まで薫くんといたの。薫くんは一樹のことをみかけたんだろうね、今思えば。煙みたいに行っちゃった。私と一樹を『2人きりにしてあげるために』私が喜ぶと思ったから!一樹は欲しがるばっかり。絶対譲るなんてことをしない。薫くんは『一樹のところに行って』と言った。クラスも学校生活も楽しいって、守ってくれるって。そんな薫くんは私の笑顔を守ってくれるの。薫くんは私が植物なら水なの。薫くんがいない毎日なんて考えられない。──でも、私も一樹をずっと好きだった時間はあるんだよ。私、ずっとグラウンドで走る一樹を見てた。いつも、いつも見てた。高校に入って、距離ができた一樹を見つめるしかできなかった。中学みたいに戻りたかった。歯車が……うまく噛み合わなかったのよ──ずっと好きだったって言った言葉は嘘じゃないよ。一樹を、好きだった。じゃ、これから昼休みだから」
息ができない魚みたいな時間がやっと終わる。薫くんとの昼休みのご飯。
「──ブレスレット返して」
小さく一樹は言った。
「え?あぁ、……うん………」
私は持ち歩いている小さな常備の貧血の薬や飴が入っている小さなポーチから金鎖のブレスレットをだした。
「砂、ついてる」
「ほどけちゃったの……ごめん」
「もう、要らないよな。トモが俺を要らないなら、こんなもん!」
「やめて!だめぇ!」
3階から舞う、金色の輪。私は全力で走る。息が苦しい、動悸がする。でも、見つけなきゃ。あれだけは。中庭に落ちたブレスレットを私は探した。探しても、探しても、見つからない!
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