上 下
88 / 94

〖第85話〗朱鷺side②~邂逅~

しおりを挟む

それから先生の僕に触れる範囲も時間も増えていきました。

演奏中にシャツのボタンを三つ開けられ襟元から手を入れられました。先生と何回もキスもしました。

先生はいつも苦しそうに『朱鷺くん………朱鷺くん』と繰り返して名前を呼びました。先生の手はいつも冷たかった。

料理を用意してくれる家政婦さんがいない日はいつも先生と二人だけの夕ご飯でした。
僕は先生が作ってくれるオムライスが好きでした。ある日、先生が作ってくれた夕ご飯を食べながら訊きました。

『先生はいつも苦しそうだけど、どうして?あと……どうして、触ったり、キスしたりするの?』

すると、

『病気、かもしれないね』

と先生はそう言って頭を抱えて切なそうに笑いました。

『病気なの?死んじゃうの?』

『死んでほしいだろ……。気持ち悪いだろ……こんな………』

消え入るような声で先生は言いました。

『気持ち悪いけど、嫌だけど、死んでほしくはないよ。先生が死んじゃったら、また僕は独りになっちゃうよ』

『先生には家族はいないけど、君にはいるじゃないか』

『同じだよ、いつも独りなんだ。独りは嫌だ。誰も僕の名前を呼ばない。誰も僕をみない。僕はいらない子なんだ………』

『……そろそろ行こうか』

久しぶりに先生は優しく頭を撫でてくれました。お皿を片づける先生に

『……今日も、触るの?』

と僕は訊いても、先生は黙ったまま、何も答えてくれませんでした。

その日先生は僕に触れませんでした。レッスンが終わったあと、いつも通りトローチを貰いました。

僕は貰ったトローチを先生の目の前に差し出し、軽く開いた先生の口にトローチ放り込みました。先生は切ない顔をして、

『どうして』

と言いました。僕は

『先生は病気なんでしょ?早く治って欲しいから』

そう言うと先生は僕の手をつかみ覆い被さりました。

僕はその日、先生に犯されました。最初は自分が何をされたのかよく解りませんでした。
ただ、気持ち悪かった。怖かった。そして本能的に誰にも言えない、と思いました。

その日からレッスンの度に先生は僕を抱きました。
何を訊いても何も答えず服を丁寧に脱がせ、抱いて、綺麗に着付ける。
一年くらい続きました。

嫌悪感と

誰にも知られたくない、
いけないことだ、
普通じゃない、
汚い、
恥ずかしいことだ、と思う気持ちと、
そしてそれと共に徐々に侵食されていくような快楽の味も知りました。

自分の身体が、一番異常だと……思いました。

外に出るのが怖かった。人と話すのも怖かった。悪いことをしている。そして、それで快感を得ている。それは、恥ずかしいことだ。抗えないとはいえ、本気になれば逃げられた。

でも、こんな自分を、他人に知られるのが怖かった。ただ怖かったんです。


それに、僕には先生しかいなかった。
あの人を失ったらまた、独りが待っている。

そう思うと我慢しようと思いました。それが間違ってた。
それに、何処かに先生の影が引っ掛かっていました。

いつも、いつも悲しくて、孤独な目をしていました。鏡に映る自分の目によく似ていました。
そして、何処かで先生のことがまだ好きだった。
『病気』が治ればまた昔のように戻ってくれると信じていました。

僕が八歳の頃です。秋でした。雨が降って風が強い日でした。その日珍しく先生はスーツを着ていました。

『今日で最後のレッスンだ。もうここには来ない。さよならだ、朱鷺くん』

と、力なく笑い先生はグランドピアノに楽譜を広げました。

『どうして?先生も独りは嫌だって言ってたよ。気持ち悪いことするのも怖いのも、我慢するよ。病気なんでしょ。我慢するから』

先生は首を振って

『それは違う。いけないことなんだよ。私を憎みなさい。朱鷺くん。許してはいけない。いけないんだ』

『先生の病気が治るまでいっしょにいてあげるよ。先生は僕のこと嫌いなの?』

僕はその時先生の前で初めて感情のまま泣きました。

その時の僕は先生が僕にする行為とこれから待ち受ける孤独を天秤にかけていました。
傾きは独りの寂しさの方重かったんです。あんな思いをしても、心の中が真っ黒になっても。誰もいない豪邸の中の出来損ないの僕を『朱鷺くん』と呼んでくれるのは、先生だけでしたから。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか

Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。 無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して―― 最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。 死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。 生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。 ※軽い性的表現あり 短編から長編に変更しています

家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている

香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。 異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。 途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。 「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

晴れの日は嫌い。

うさぎのカメラ
BL
有名名門進学校に通う美少年一年生笹倉 叶が初めて興味を持ったのは、三年生の『杉原 俊』先輩でした。 叶はトラウマを隠し持っているが、杉原先輩はどうやら知っている様子で。 お互いを利用した関係が始まる?

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

処理中です...