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〖第60話〗朱鷺side❶

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階下で、壁に寄りかかり俯く影を見つける。

「先……輩?」

「君を待ってた。あげてくれないか。寒い」

僕がドアを閉めた瞬間、先輩は僕を抱き締めて、上を向かせ強引に口づけた。
何度もかわそうと思っても追いかけられて、噛みつくように奪われる。

深く口づけられて、まともな息継ぎも許さない強引な口づけだった。こんな扱いは初めてだった。

「ココア、飲んだ?」

口唇を離した後、先輩は冷たく笑いながら言った。僕は恥ずかしくて堪らなかった。先輩の腕を振り払い、靴を脱ぐ。

「上がってください」

とだけ言った。確かに飲んだ。

鷹さんのお母さんと話し終わった後、俯く僕に鷹さんが差し出したのは缶の温かいココアだった。

先輩と小さいテーブルに向かいあわせで座る。部屋の電気をつけようとした僕を制し先輩は座り直す。
キッチンの窓から差し込むアパートの廊下を照らす蛍光灯の青白い光が先輩の白い顔を照らす。

「鷹と何処に行ってきたの?」

先輩は微笑みながら言った。眼鏡の奥の瞳が暗く冷たくて僕は目を逸らした。

「病院です。鷹さんのお母さんが倒れたって言うんで」

「何で?ついてきてって言われた?
鷹は自分のプライベートに他人をいれることを好まない。珍しいね。よっぽど君を頼りにしてるみたいだね。良かったね。──鷹のこと好きなんだろ?」

頬杖をつきながら先輩は、さも愉快そうに笑う。

「鷹さんは──特別な友達です」

「特別、ね。俺は?」

「解らないです。急に冷たくなったり、優しかったり、強引だったり、弱気になったり。僕は先輩が解らない。先輩、コート脱いで下さい。冷えます。髪の毛拭かなきゃ。エアコンも……」

黒のモッズコートのポケットからハンカチを取り出す。髪の毛を拭こうとした手を乱暴に振りほどき先輩は言った。

「もう俺に気持ちなんかないんだろ?同情で優しくするのはやめてくれないか?」

「同情なんかじゃ………」

「俺は君と鷹の様子を一部始終見たよ。同情なんかじゃないなら説明してもらえないかな。鷹と君との関係。
君は仲が良い『友達』に抱きしめられて泣くみたいだけど。あと君のあんな屈託のない笑顔は初めて見たよ。
どうせ君も俺のこと忘れるんだろ?そこら辺の奴と一緒だね。──もう君に会うのも最後にするよ」

言い終わるか終わらないかのうちに椅子から立ち上がった先輩に襟首を強引に捕まれ引き寄せられる。

強引に口づけられた。奪うだけの口づけ。思いやりも、恋も何もない、冷たい憎しみを感じるような口づけだった。

左手で逃げられないように後頭部を押さえつけられる。上手く息継ぎが出来なくて、息を詰まらせて苦しがり涙目になる僕を、先輩は満足そうに見る。

「やめて下さい!どうしたんですか?酔ってるんですか?こんな──」

いきなりの出来事に息が乱れて、僕は上手く言葉を繋げられなかった。手を握られる。先輩と初めて会った時より冷たく感じた。

「純粋そうな顔してあっという間に俺から鷹に乗り換えるなんてね。やるね、朱鷺くん。それとも、前から鷹とできてたの?同時進行?器用だね」

笑う先輩の瞳に射竦められ動けない。凍えるような怒りが見える先輩が怖くて動けない。

「まだ、これから何されるか、解らないかな?──忘れられなくしてあげるよ」

先輩は僕の右手首を力を加減することなくぎりぎりと掴み、引きずるようにしてベッドへ運び、コートを剥いで押し倒した。

首もとに口づけるかわりに歯を立て、左手で無理やりシャツを引っ張る。
2、3個のボタンが飛んだ。

先輩からもらったシャツだった。淡いブルーの少し厚地の。先輩の家に初めて行った時に貰ったものだった。
あの日、片付いた広い綺麗な部屋を見渡している僕を先輩は愉しそうに見ていた。あの時ぼくは、あの場所に三ヶ月、先輩と住む何て思いもしなかった──。

雨に降られて、先輩に手を取られながら走った記憶。
泊まった次の日、貰ったシャツ。
後から僕に似合うと衝動買いしたと聞いて、むずがゆいくらい嬉しかった。

僕の大切な思い出が手から滑り落ちていく。

「先輩、やめてよ!お願いだから、やめ──」

先輩は僕の言葉を遮るように、
僕の声なんか要らないと言うように、
無理やり口唇をこじ開け乱暴な口づけをする。

温かな感情のまるでない、口づけだった。眉間に皺を寄せて何度も奪う。先輩の表情が読めない。怒っているのか、悲しいのか。

唇を離し、先輩は口許に冷えた笑みを浮かべて言った。

「君は本当にキスが上手だ。鷹ともしたんだろ?キスもセックスも」

「そんなことしてないよ、信じてよ、お願いだから信じてよ!やめてよ!」

僕は半泣きになりながら抗う。でも、力で勝てるはずがない。両手首は簡単に先輩の片手に収まり、ベッドに組み敷かれ自由を奪われる。

先輩は何も答えず耳朶を強めに噛み、首筋を舌で執拗になぞる。
首筋は他人に触れられて一番嫌なところだ。悪寒が走る、気持ちが悪い。

「首、弱いんだよね。嫌なはずなのに、感じてるんだ、君の身体。体温あがってるよ。──可笑しいね。本当はこういうことされるの好きなんだ」

先輩は羞恥の温度を上げるための言葉を、冷たい目で笑いながら言った。蔑むように。嘲笑うように。

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