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〖第47話〗朱鷺side①

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「ここも久しぶりだなぁ」

何回も呟いてしまう。
約三ヶ月ぶりのアパート。

きちんと準備をして先輩の家での生活に入ったから、冷蔵庫の中のものが腐っている、なんていうミスはなかった。

先輩も最初そういうことには協力してくれた。

片付いてはいるが、埃がひどい。窓を開けて空気の入れ換えをする。ここに来ていくらか日が経ったが中々掃除がはかどらない。

不思議な感じがした。理屈では解っているけれど、ここには先輩の気配がしない。

少し退廃的な、先輩の匂い。煙草とお酒と、淡い、甘い香水と先輩の匂い。

『朱鷺くん』

あの水のような声を思いだし、胸の奥がきゅっと苦しくなる。
気づかないふりをして、掃除を始める。
ベッドの脇の窓を開ける。もう日が高く昇り、午後の日差しが眩しい。

すぐ前に小さい公園があるのを今まで気がつかなかった。ラフだけどお洒落なコートを着てベンチに座って悠々と煙草を吸う見慣れた人影があった。

「鷹さん!」

僕は大きな声を出してアパートの二階から手を振る。鷹さんも笑いながら手を振った。

「おー!朱鷺!お前ん家そこかぁ。わっかんねえもんだな。俺ん家もすぐそこなんだ。何だ、瀬川ん家から家出してきたのか」

「違いますよ。来て下さい。お茶とか用意します」

急いでお茶の用意をする。珈琲はインスタントだ。

「お邪魔するぞー」

呑気な鷹さんの声に、僕は肩の力が抜けて表情が柔らかくなるのが解る。

「珈琲どうぞ。ミルク使いますか?」

「いや、大丈夫だ」

と言った瞬間、鷹さんのお腹が鳴った。顔を見合わせて笑ってしまった。

「何か食べたいもの、ありますか?」

「んー。何か、甘いもんある?」

「少し待っててください」

僕は風邪を引いた時に先輩が作ってくれたレンジで作るプリンを作った。
その間、鷹さんとキッチン経由でお喋りをしたりした。

「マグカップで作ったプリンです。今日、寒いんで温かいままで」

スプーンを添えて、鷹さんに渡す。一口食べて鷹さんは笑ってくれた。

「お前を手放したがらなかった瀬川の気持ちが、ちょっと解るな。いい嫁さんだ。優しいし可愛いし。あんなへそ曲がりの旦那に付き合えて、その上家事全般完璧だろ」

──嫁さんだったら、良かったのに。男の人でも綺麗だったら。

鷹さんみたいな先輩と二人で歩いているだけでつい息を飲んでしまうような人なら──ずっと考えないようにしてきたことがまた、頭をもたげるように出てくる。

先輩と街を歩くとき、痛いほど味わってきた、視線。

「朱鷺?」

鷹さんの声にはっとし、僕はぎこちなく笑う。

「まあ、つい僕が手を出してしまいますが基本家事は分担でしたし、そのプリンも僕が風邪をひいた時、先輩がわざわざインターネットで調べて作ってくれたんですよ」

「あいつが!?まじかよ!信じらんねぇ」

と言いながら、「うまい」も繰り返し、鷹さんはあっという間にプリンを食べた。

「そんなに驚くことですか?プリン」

「いや、あいつは基本、恋人を作っても『尽くさない』口はタダだから何とでも言うけどな。付き合ってる女の子が風邪引いても、
『うつされたくない』
って言って見舞いにもいかないような奴だ。飽きたり、面倒になったら即ポイ捨て。友達には優しいけど、恋愛に関しては最低だったな。でも、あいつとこの前カルテットやったんだけどあいつのピアノの音を聴いて思ったよ。お前が瀬川を変えたんだな」

鷹さんは、優しく微笑んだ。
嬉しかった。本当に嬉しかった。
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