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〖第39話〗朱鷺side①

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街を彷徨う。ぼんやり歩く。並木道の名前の分からない街路樹。きっと先輩がいたら名前を教えてくれるんだろうと思う。

お洒落な店のショーウインドウに映る僕は相変わらずのモジャモジャ頭で、疲れた顔をしていた。感情のないため息をついた。何処へ行けば良いんだろう。

スマートフォンを取り出す。
先輩からの着信は無かった。



もう、終わりなんだなぁ、と漠然と思い僕は泣いた。
泣いているうちに笑いが込みあげてきた。

あの人は臆病だから、自分から別れなんて告げられない。もうすぐ三ヶ月一緒に居たことになる。だから解る。

僕は歩いた。涙で顔をぐしょぐしょに濡らし、いつもよりもっと、みっともない顔をしているはずなのに、周りなんて気にならなかった。

結局、僕はあの人にとってなんだったんだろう。
恋人だったんだろうか。
あの人は、ああ見えて寂しいのを嫌う人だから、ただ隣に居て欲しかったんだろうか。

僕は、好きだった。
初めて好きになった人だった。
出会った頃のあの人も、
一緒に暮らすようになってからのあの人も。
だんだんバランスを崩すように不安定になっていったあの人に、罪悪感を植え付けられても、束縛されても。
僕を縋るように見るその眼鏡の奥があまりにも悲しそうで、切なくて、いとおしかった。

不純物だらけのこの恋も、終わりにしよう。ひたすらに歩いた。行くあてもないのに。




何故か教会に来ていた。風が強くてステンドグラスの天使が揺れる。あんなに暖かだった日差しも雲に隠れてしまい教会も少し肌寒かった。

歌いたい、ただそう思った。もう、あの人が欲しいわけでも、ここに来てほしいわけでもないのに、僕は『ジュ・トゥ・ヴー』を歌う。

昔を思い出す。
あの頃はずっとこの歌を歌って、あの人を待っていた。
この歌を歌えば、あの人に会えそうな気がした。
熱中症を起こして運ばれた時もあった。

病院でそっと唇に触れられた。都合の良い夢かも知れないけれど、あの時、先輩は『ごめんね』と呟くように言っていた。

ここには色々な思い出がつまっていて、何を見てもあの人を思い出す。

悲しくてどうしようもなくて、嗚咽が込み上げてきて、全然上手く歌えないけれど、歌う。
泣きながら歌うこの歌は、少し惨めだ。
まるで縋っているみたいだ。
『あなたがほしかった』というような。

ドアがそっと開く。





鷹さんだった。

「どうした。泣きながら歌うなんてらしくねぇな」

「鷹さん──た、たかさぁん!!」

僕は鷹さんにしがみついて泣いた。

「まあ涙、拭け」

差し出されたのはお洒落な黒い、刺繍入りのハンカチ。かぎ慣れた甘い匂いに安心する。

「た、鷹さんも、香水つけてるんですか?甘くていい匂いがします。先輩とおそろい?」

「いや?俺はあいつとは違うやつ。あんな甘ったるいの瀬川しか合わねぇよ」 

鷹さんは苦笑する。
僕は色々なことを、泣いてはいたけれど冷静に話した。訊き終わってから鷹さんは、一つため息をついて言った。

「瀬川に執行猶予をつけてやれ」

と、僕を突き放すように言った。らしくない言い方だった。

「い、嫌です。あの家にはもう戻りません。戻りたくないんです。もう、ぶたれたくない。先輩の手は痛かった。冷たい目で僕を見てました。もう、あの人とは暮らせない。僕は、僕は全て受け入れるって決めたのに。あの人は謝ってもくれなかった。
ねえ、鷹さん。僕はあの人の何だったんですか?僕は先輩の何だったのかなぁ?先輩はただ寂しいから僕を隣に置いておきたかったのかなぁ。」

「違う!それは違う!──朱鷺、ほら。泣きたいんだろ。好きなだけ泣け」

鷹さんが肩を貸してくれた。いつもの淡く香る花のような香り。頭を撫でてくれて、とても安心した。
鷹さんは優しい。病院で会った時から僕は触れられても、嫌な感じはしなかった。

鷹さんみたいなお兄さんがいたら良かったのに。暖かくて優しい、お兄さんだ。

恋人は、ちらつくのはやっぱりあの人。水のような指先と声。『君が好きだよ』と儚く笑う眼鏡の奥。

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