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〖第24話〗朱鷺side①
しおりを挟む──先輩は優しくソファに僕を押し倒した。眼鏡をかけない先輩は、いつもと違い見慣れなかったけれど、綺麗な切れ長の二重の涼やかな目元がはっきり見えた。
「朱鷺くん、君が好きだよ」
先輩は僕の右手の指先に口づけた。
両手を僕の頬に添え微笑む先輩は、僕の鼓動を速くさせた。前髪が少し顔にかかり、くすぐったい。
片頬に手を添え口づけながら、先輩は僕のシャツのボタンを器用に外す。白い指が、僕の首筋を撫でる。鎖骨を親指でなぞられ、水のような手が肩をくるむ。
これからどうなるか、僕もそれがわからないほど馬鹿じゃない。詳しくは解らないけど、先輩が僕を抱きたいことは解る。僕も受け入れた。僕も抱いて欲しかった。
先輩に触れて欲しかった。はずなのに、それなのに、手が震える、身体が冷たくなる、胸が苦しい、息が出来ない、怖い。
水のような冷たいけれど優しい手と声。臆病な僕の首筋に、そっと怯えないように口づけているのは先輩だと解っているのに、鳥肌が立つくらいの嫌悪感がある。
あげく、僕の口から出た言葉は
『触らないで!』だった。
手を払い除けて、距離をとった。一瞬、見えた先輩の顔が忘れられない。とても傷ついた顔をしていた。初めて見る顔だった。さっき聞いた話を思い出しす。お母さんに、この言葉を言われてショックだったって先輩は言っていた──。僕ははだけた服の前をあわせて、ただ「ごめんなさい」と小さくなって繰り返した。
涙が出た。
でも、怖かった。ただあるのは身の毛をよだたせるほどの嫌悪感と、恐怖感。それと、先輩を受け入れられない罪悪感だった。
僕はずっと丸まって下を向いていた。先輩を見るのが怖かった。きっと怒っている、嫌われる。最初に触れたのは僕の方なのに。
「手に触ってもいい?」
沈黙を破ったのは先輩だった。本当は少し苦手だけど、僕は頷き、おずおずと手を差し出した。先輩は笑う。
「──嫌なんだね。君は本当に嘘が下手だね」
「す、すみません」
僕はそうっと手を引っ込めて、また丸まった。
「君からは平気なの?」
「試したこと、ないです」
「さっきは?」
だんだんと少し意地悪そうな、いつもの先輩の口調に戻って安心した。
「あ、あれは夢中で…………」
「じゃあ、試してみない?」
先輩の左手がすっと、出された。両手でくるむ。触れる。平気だった。そのことが嬉しかった。綺麗な手だ。白くて均整がとれたピアニストの手。先輩の手を取り、見つめる僕を、先輩は暖かな眼差しで見ていた。
「君はいつも温かい。羨ましいよ。俺は体温が低いんだ。君は少し前に『水みたいにいつも冷たい』って言っていたけど、今も冷たい?」
「まだ、少し冷たいです」
「しばらくこのままでいてくれる?俺の手があったまるまで。少しだけ話そうか」
先輩は座り直し、こっちを向いた。
「朱鷺くん、さっきは──ごめんね。嫌だったね。もうしない。──君が嫌がることは、絶対にしないよ。二度とね」
少し寂しそうに、先輩は笑う。僕は俯きながら答える。先輩の顔がみれない。
「ごめんなさい。先輩。で、でも、僕も本当は先輩に触れて欲しかった。けど──怖くて。先輩だから嫌、とか、『そういうの』だから嫌、とかじゃなくて。──僕は昔から人に触られるのが極端に苦手で。髪は両親に切ってもらってました。だから、今、もうこんなにモジャモジャで。自分ではうまく切れなくて」
声が、震える。語尾が潤んで涙が出そうになる。変わりたいのに変われない。そんな自分が嫌なのに。
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