だからその声で抱きしめて〖完結〗

カシューナッツ

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〖第20話〗瀬川side①

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 居心地が悪そうに、ソファに腰かけた朱鷺は困っているような顔をしている。酒の空瓶ばかり転がり、煙草の臭いのする不健康な部屋。

 珈琲を作る。ミルクは半分、砂糖はスプーン二杯。自分はブラック。

「あの、眼鏡してないんですね、どうしたんですか?見えるんですか?」

 朱鷺が、話すきっかけをやっと見つけたというように話しかける。俺はぼやける視界で朱鷺を見つめる。

「うっかり踏んで壊しちゃって。折角来て貰ったのに、君のことがよく見えないんだ。隣に座らせてもらっていいかな」

 白いマグカップを置き、訊いた。朱鷺は軽く頷き「──どうぞ」とだけ言った。

 曇った、ガラスのローテーブル。初めて彼を家に上げた時はいつも通り透明さが際立つほど綺麗に磨きあげ、指紋一つなかった。自分自身、触るのも躊躇われるくらいだったのに、今は細かい煙草の灰と、飲みかけのジャックダニエルとグラスが置いてある。こんなうらぶれて、だらしのない生活をみせたくなかった。この現状が朱鷺を困惑させてしまうことは解っていた。けれど、それらに勝るほど彼に会いたかった。

 やはり困ったように朱鷺は俺を見る。いつもと違うじゃないか、そう言いた気だ。俺にあるのは『不安』──少しでも朱鷺を怒らせたり、悲しませたりしたら彼がこの部屋から消えてしまうんじゃないか。それと、淡い期待。まだ少しでも自分のことを好きでいてくれているのではないか──まだ、間に合うんじゃないかという、自分に都合のいい思いだった。

「散らかっていて悪いね。驚いた?」

「ひどいですね。テストなら赤点ものです。あれなんですか?丸いの」

「あれは、たぶん靴下だね。昨日下のコンビニに行くとき履いた」

「ちゃんとしてくださいよ」呆れ顔で言う朱鷺に、「面倒臭いから」と言い俺は笑う。朱鷺は仕様がないと言う目で見る。久しぶりにまともに声を聞けて嬉しかった。何気ない会話がじんわりと乾いた砂に水をやるようだった。

「髪の毛ぼさぼさですよ。いつもさらさらなのに。もったいない。シャツのボタンも途中からずれてます。まったく」

 世話がかかる子供を見るように、朱鷺は俺のずれたグレーのシャツのボタンを直す。朱鷺の左手が胸の傷痕に触れた。自分で触れても嫌悪感しかないのに、不思議に嫌ではなかった。

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