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〖第19話〗朱鷺side③
しおりを挟む先輩は嗤って言った。
「どう思った?──笑えた?無様だろ。あの時、君を独りで帰しておきながら、俺はどれが正解か解らなかった。自分の中で、どうすればいいか解らなかった。俺は鷹にこだわりすぎていたのかもしれない。ずっと、あいつのことだけ見てきたからね。ずっと」
僕はちらりと近い距離にいる鷹さんを見る。先輩は続ける。
「幼馴染でもあったし、家を出てからあいつは俺を支えてくれたから。でもあの時、君を選べなくて、君を失って初めて、自分が君のことが好きだったんだと解ったよ。君が泊まった後、連絡をわざと取らなかった。君に惹かれている自分が確実にいたから。『危険』だと思ったからだよ。自分自身の鷹への気持ちを裏切るようで怖かった。でも、どれだけ自分が君を必要としていたか。君と居て笑顔になれたか。だからあの時、無理矢理にでも抱き締める腕を緩めるんじゃなかった。独りで帰すんじゃなかった。後悔しているよ。君はモジャモジャの髪なんかではないよ。君の髪は色素が薄いから、西日が差すと金色になる。教会の天使の巻き毛みたいになる。俺は君が好きだったよ──別れの挨拶みたいだね。でも君は最後のつもりだろ?この電話で、終わりにする気持ちが何処かにあるだろう?」
「──会いに行っていいですか?」
自分からすんなりこの言葉がでるとは思わなかった。これ以上、先輩の乾いた砂のような、苦しそうな声を聴きたくなかった。
「今?」
「今です。先輩の家に行きます。会わないと。直に話したいです。駄目ですか?」
「いいけど、散らかっているよ?それに俺、起きたばっかりだから部屋、汚いよ。それでもいいなら、おいで」
乾いた砂の声がいつもの耳に溶ける水に変わる。この方がいい。いつもの口調が僕を安心させた。
「解りました。レッスンも終わったんで五分で行きます」
「でも、もう少しで暗くなるよ。良いのかな。独り歩きは危ないから今度にしない?」
「会いたくないんですか?今、会わなければもう会いません、だから──」
「冗談だよ。君に会いたい。来てくれ」
解りました。と言い電話を切る。残る発信記録を、しばらく見つめる。
『来てくれ』なんて初めて言われた。少し苦しそうな、先輩の声。
右耳に触れる。スマートフォンがあたっていた耳朶が少しだけ熱かった。僕は鷹さんに、先輩の家へ行って会って話をしてくると伝えた。
鷹さんは笑って『行ってこい』と言い、手を振った。
──────────
自転車を漕ぐ。遠い西の空にシュークリームの形をした入道雲が出ていた。
夏は、まだ名残惜しいみたいだと思った。色々なことがあったこの夏。どうしようもない思いが、胸を締め付ける。僕も、終わらせたくない。
日射しが少し弱まった。風が少し変わる。もしかしたら降られるかもしれない。
先輩に、会いたい。
いつものように微笑んで『朱鷺くん』と言ってくれるだろうか。僕はそんなことを思いながら、ペダルを漕ぐ足に力を入れた。陽の光が雲間から差していた。
僕はあの雨の夜、先輩の髪に触れて、先輩への胸の奥にある気持ちを見つけてしまった。もう一度、あのさらさらの髪に触れたいと思った。そう思う僕は、やはり先輩が忘れられていなかった。
『朱鷺くん』
あの柔らかい水のような声で名前を読んで欲しい。いつの間にか雲が小さく散って、残照だけが空を焦がす。
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