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〖第17話〗朱鷺side①
しおりを挟む夏休みも終わった。秋が近い。雲も高い。空も高い。雲も変わった。僕だけがあの夏の日のまま。
今、鷹さんにピアノを見てもらっている。レッスンの後は、二人で甘いものを食べに行って、お喋りをする。少し前の、先輩のように。
鷹さんはいつも優しくて、話していて楽しい。会う約束をした前の日に必ず電話をくれて、僕の予定を訊いてくれる。
僕を気遣ってくれるのが解る。この前は帰り際、一緒に楽譜をみるついでに服を買いに行った。
『高いのは……』
僕がしり込みすると、
『大丈夫だからついてこい』
鷹さんは笑ってそう言うと、古着屋につれていかれた。スッキリしたデザインのお洒落な服。
『穴場なんだ。朱鷺、遅くなったけど誕生日おめでとう。十九歳だな。ここのデザイン似合うと思って。ほら、どうした下向いて。折角こんなに可愛いんだから上向け。どうした?朱鷺。目、赤いぞ?ハンカチ貸すから擦るな。大丈夫か?』
僕は大きく頷き笑う。
思い出したのは、あのひと。あのひとは僕の誕生日も知らないだろうし、興味もないだろう。もう過去のひとだ。
『誕生日おめでとう朱鷺くん。もう十九なんだね』
それでも、あの水のような声で、一度でいい。言われたかった。小さな事実が、あまりにもつらい。
──────────
「瀬川がお前に会いたいって言ってるけど今度連れてきてもいいか?朱鷺に聞いてみてくれって頼まれたんだけど」
ふと、レッスン中、鷹さんが言う。いやがおうにも先輩の話が持ち上がる。鷹さんは正直な人だから、話を濁せない。
先輩と会うのは言い訳をして避けてきたが、もう3回断っているから、さすがに会わないわけにはいかない。
「わかりました。すみません。この前は。夕立に降られて、風邪ひいて」
勿論嘘だ。でも、鷹さんもそれを許してくれていた。
「あのさ、訊いていいか?病院で、二人で話してる時、何かあったのか?」
「──いえ」
平静を保ち、僕は言う。色々あった。もう思い出にしようとしている。僕には初めてのキスだった。告白だった。
先輩とは『初めて』ばかりだった。誰かにプレゼントをあげようとしたのも。家に泊めてもらったのも。髪に触れたいと思ったのも。
人を好きになったのも。すべて。
しばらく言うかどうか迷ったようすで、鷹さんは少し小声で言った。
「瀬川、泣いててさ」
「え?」
あのひとと、泣くと言うことがあまりにも縁が遠いイメージがあった。
いつも余裕があって、
自信家で、
人を喰ったような喋り方をする、
冷たくて、優しい、残酷な人だ。
彼の世界には二つしかない。
鷹さんか、そうじゃないか。
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