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〖第11話〗朱鷺side②
しおりを挟む『謝るきっかけが、欲しかったんじゃないか?最初の日、消灯時間のあと電話がかかってきたから。あれから毎日夜に電話が来るようになって、体調はどうだ、顔色はどうだって。毎日電話するくらいなら面会に来いって言ったらあいつ何て言ったと思う?『怖くて行けない』って言ったんだ。さっき煙草吸いに喫煙所行ったから近くにいるんじゃないか?朱鷺。まだ体が本調子じゃないんだから無理はするな』
『ありがとうございます。鷹さんも。お世話になりました』
僕は電話を切り、俯いた。目をやると喫煙所に長身の立ち姿が綺麗な人影があった。声をかけようとして、やめる。綺麗な髪の長い女性と楽しそうに話していたからだ。良く見ると香織先生だった。休日の格好はイメージが違う。聴きたくないのに僕の耳は二人の会話を余すことなく拾う。
「瀬川くんに病院で会えるなんて思ってもなかった。叔母さんが入院したの。瀬川くんは?」
「まあ、用事ですよ。知り合いが入院していて」
やさしい聞いたこともない声だ。香織先生も。
「用事?怪我?病気?」
「いえ、今日退院しました。大したことじゃないです」
「女の人でしょ」
「残念です。男ですよ。子供です。日射しが暑いから中に入りませんか。汗かくの嫌でしょう?すみません、煙草付き合わせて」
僕は見つからないように、そっと距離をとる。香織先生には煙草の五分は長くても、僕が教会で先輩を待った一時間はどうでもいいこと。熱中症で倒れたことも、大したことではないみたいだ。鷹さんは、
『謝るきっかけが欲しかった』
そう言ったけど、本当にそうなんだろうか。
本当に、本当に悪いと思うなら、面と向かって謝ればいい。目を見て、誠実に。お金なんてどうでもいいじゃないか。電話だって、鷹さんじゃなくて僕にかけて欲しかった。例え一回だけだとしても、自分の耳で先輩の謝罪の声を聴きたかった。
『ごめん』の一言で良かった。
それだけで良かった。それとも僕はそんなに生活に困窮しているように見えたのだろうか。可哀想に見えたのだろうか。
この前、雨の日。時間が解らない薄暗い日、先輩にシャツのお返しがしたくて銀座へ行った。同じブランドの物をあげたかった。お店のショーウインドウには、品のある仕立ての服が趣味良く並んでいた。店内にいる人は、きらきらしたお洒落な人ばかりだった。店員さんはとても親切で、余計に恥ずかしかった。
『お父さんの誕生日?』
とても上品で綺麗なお姉さんに言われた。僕は頷くしかなかった。
『限られた予算で、見映えがするものを』
言い方は違うけれど、ありのままを伝えたら、大判のハンカチを選んでくれた。濃い独特のブルーの、刺繍が入った、とても綺麗な──。とても場違いな僕は、きれいにラッピングしてもらったハンカチを古びた楽譜入れにしまい、何回もお礼を言い、足早に店を後にした。
帰り道泣きそうになった。つらかった。惨めで、みっともなくって、恥ずかしかった。ここまで先輩と住む世界が違うとは思わなかった。
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