上 下
11 / 94

〖第11話〗朱鷺side②

しおりを挟む

『謝るきっかけが、欲しかったんじゃないか?最初の日、消灯時間のあと電話がかかってきたから。あれから毎日夜に電話が来るようになって、体調はどうだ、顔色はどうだって。毎日電話するくらいなら面会に来いって言ったらあいつ何て言ったと思う?『怖くて行けない』って言ったんだ。さっき煙草吸いに喫煙所行ったから近くにいるんじゃないか?朱鷺。まだ体が本調子じゃないんだから無理はするな』


『ありがとうございます。鷹さんも。お世話になりました』

 僕は電話を切り、俯いた。目をやると喫煙所に長身の立ち姿が綺麗な人影があった。声をかけようとして、やめる。綺麗な髪の長い女性と楽しそうに話していたからだ。良く見ると香織先生だった。休日の格好はイメージが違う。聴きたくないのに僕の耳は二人の会話を余すことなく拾う。

「瀬川くんに病院で会えるなんて思ってもなかった。叔母さんが入院したの。瀬川くんは?」

「まあ、用事ですよ。知り合いが入院していて」

 やさしい聞いたこともない声だ。香織先生も。

「用事?怪我?病気?」

「いえ、今日退院しました。大したことじゃないです」

「女の人でしょ」

「残念です。男ですよ。子供です。日射しが暑いから中に入りませんか。汗かくの嫌でしょう?すみません、煙草付き合わせて」

 僕は見つからないように、そっと距離をとる。香織先生には煙草の五分は長くても、僕が教会で先輩を待った一時間はどうでもいいこと。熱中症で倒れたことも、大したことではないみたいだ。鷹さんは、

『謝るきっかけが欲しかった』

 そう言ったけど、本当にそうなんだろうか。

 本当に、本当に悪いと思うなら、面と向かって謝ればいい。目を見て、誠実に。お金なんてどうでもいいじゃないか。電話だって、鷹さんじゃなくて僕にかけて欲しかった。例え一回だけだとしても、自分の耳で先輩の謝罪の声を聴きたかった。

『ごめん』の一言で良かった。

 それだけで良かった。それとも僕はそんなに生活に困窮しているように見えたのだろうか。可哀想に見えたのだろうか。

 この前、雨の日。時間が解らない薄暗い日、先輩にシャツのお返しがしたくて銀座へ行った。同じブランドの物をあげたかった。お店のショーウインドウには、品のある仕立ての服が趣味良く並んでいた。店内にいる人は、きらきらしたお洒落な人ばかりだった。店員さんはとても親切で、余計に恥ずかしかった。

『お父さんの誕生日?』

 とても上品で綺麗なお姉さんに言われた。僕は頷くしかなかった。

『限られた予算で、見映えがするものを』

 言い方は違うけれど、ありのままを伝えたら、大判のハンカチを選んでくれた。濃い独特のブルーの、刺繍が入った、とても綺麗な──。とても場違いな僕は、きれいにラッピングしてもらったハンカチを古びた楽譜入れにしまい、何回もお礼を言い、足早に店を後にした。

帰り道泣きそうになった。つらかった。惨めで、みっともなくって、恥ずかしかった。ここまで先輩と住む世界が違うとは思わなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

僕の王子様

くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。 無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。 そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。 見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。 元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。 ※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

晴れの日は嫌い。

うさぎのカメラ
BL
有名名門進学校に通う美少年一年生笹倉 叶が初めて興味を持ったのは、三年生の『杉原 俊』先輩でした。 叶はトラウマを隠し持っているが、杉原先輩はどうやら知っている様子で。 お互いを利用した関係が始まる?

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

僕の部下がかわいくて仕方ない

まつも☆きらら
BL
ある日悠太は上司のPCに自分の画像が大量に保存されているのを見つける。上司の田代は悪びれることなく悠太のことが好きだと告白。突然のことに戸惑う悠太だったが、田代以外にも悠太に想いを寄せる男たちが現れ始め、さらに悠太を戸惑わせることに。悠太が選ぶのは果たして誰なのか?

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

処理中です...