罪の果実、腐った種

カシューナッツ

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第三話 黄昏時の美

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  沢山の蝿が、爛れた実の中の種を求めて、嗅ぎ分けて寄ってくる。自分も蝿の一人だった。けれど、何もしなかった。ただ、見ていた。
    咲哉は完璧な美しさを持っていた。見つめて解ったことは、全てに置いて抜け目がないということ。温厚な優等生の顔の裏。あの日見た西日が差す教室で見た穢い中身が忘れられない。妖艶な毒婦のような愉悦の笑い。
    けれど、いつも瞳には、鬱屈とした、暗い影を感じた。
    ある日、西陽のあたる教室で帰り支度をする悠人に話しかけたのは、咲哉の方だった。咲哉は教室の椅子にゆったりとすわっていた。
 辺りをオレンジと赤に混ざったような光が照らす。

『ねぇ、いつも僕を見ているけど、どうして?』
  
  暮れる陽が咲哉の白い顔に反射する。怖いくらいに、整った顔を際立たせた。

『ご、ごめん………嫌だったよね。もう見ないから』

『別にいいよ。ねえ、どうして僕なの?    君も僕と遊びたいの?』

『遊ぶ?    いや、あの授業中、寝てる顔がき、綺麗だなって思って見てた。それに………』

『それに?』

    咲哉は面白そうに、前に見た嗜虐的な顔で悠人を見て机に頬杖をついて笑っていた。

『何だか、寂しそうだったから。苦しそうっていうか………上手く言えないけど』

『………名前、何て言うの?』

『浅見、浅見悠人』

    咲哉は綺麗な顔をしている。高校生になった今、蝿はいなくなった。傍にいるのは悠人だけになった。
 しかも咲哉は悠人を恋人として扱う。そして、咲哉は悠人に恐ろしく従順だ。飼い慣らされた猫が新しい主人を見つけたように。
 昔のように悠人に爪を出すこともない。悠人の機嫌を損ねないように上目遣いで、臆病に悠人を見つめる。

『悠人が見つけてくれた。だから僕も我慢はやめる。生きてみる』

    けれどその言葉を言った代わりに前より酷い怪我をするようになった。

『咲哉どうしたんだ?口元の痣。それに湿布』

『階段から落ちただけだよ』

『よく、見せてみろよ。これ、何だよ!痣だらけじゃねえか!』

『嫌だ!    離して!』

    ふと気づいたのは自分のつけたものではない、一つの首元の鬱血痕。もう、悠人と咲哉は『そういう』関係も合わせた恋人だった。

『何だよ、最近全然、着信も、LINEも、メールさえしても来ねえのは、こういうことかよ!』

    悠人が大声を出すと、咲哉は道路の真ん中にしゃがみこんで泣き出した。しまった!    と思った。咲哉の前では大声を出さないのがルールだった。
 急に子供のような顔つきになってしまった咲哉が泣く。

『お父さんが、お父さんが、スマホ禁止だって。取り上げて、取り上げて、か、鍵がかかる引き出しにしまって。悠人、嫌いにならないで。悠人しかいないんだよぉ。僕に生きたいと思わせてくれるのは悠人しかいないんだよぉ!』
  
子供が泣く。辛いと、悲しいと、苦しいと。悠人は、馬鹿じゃない。何かしらピンときた。
 
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