4 / 6
第三話 黄昏時の美
しおりを挟む沢山の蝿が、爛れた実の中の種を求めて、嗅ぎ分けて寄ってくる。自分も蝿の一人だった。けれど、何もしなかった。ただ、見ていた。
咲哉は完璧な美しさを持っていた。見つめて解ったことは、全てに置いて抜け目がないということ。温厚な優等生の顔の裏。あの日見た西日が差す教室で見た穢い中身が忘れられない。妖艶な毒婦のような愉悦の笑い。
けれど、いつも瞳には、鬱屈とした、暗い影を感じた。
ある日、西陽のあたる教室で帰り支度をする悠人に話しかけたのは、咲哉の方だった。咲哉は教室の椅子にゆったりとすわっていた。
辺りをオレンジと赤に混ざったような光が照らす。
『ねぇ、いつも僕を見ているけど、どうして?』
暮れる陽が咲哉の白い顔に反射する。怖いくらいに、整った顔を際立たせた。
『ご、ごめん………嫌だったよね。もう見ないから』
『別にいいよ。ねえ、どうして僕なの? 君も僕と遊びたいの?』
『遊ぶ? いや、あの授業中、寝てる顔がき、綺麗だなって思って見てた。それに………』
『それに?』
咲哉は面白そうに、前に見た嗜虐的な顔で悠人を見て机に頬杖をついて笑っていた。
『何だか、寂しそうだったから。苦しそうっていうか………上手く言えないけど』
『………名前、何て言うの?』
『浅見、浅見悠人』
咲哉は綺麗な顔をしている。高校生になった今、蝿はいなくなった。傍にいるのは悠人だけになった。
しかも咲哉は悠人を恋人として扱う。そして、咲哉は悠人に恐ろしく従順だ。飼い慣らされた猫が新しい主人を見つけたように。
昔のように悠人に爪を出すこともない。悠人の機嫌を損ねないように上目遣いで、臆病に悠人を見つめる。
『悠人が見つけてくれた。だから僕も我慢はやめる。生きてみる』
けれどその言葉を言った代わりに前より酷い怪我をするようになった。
『咲哉どうしたんだ?口元の痣。それに湿布』
『階段から落ちただけだよ』
『よく、見せてみろよ。これ、何だよ!痣だらけじゃねえか!』
『嫌だ! 離して!』
ふと気づいたのは自分のつけたものではない、一つの首元の鬱血痕。もう、悠人と咲哉は『そういう』関係も合わせた恋人だった。
『何だよ、最近全然、着信も、LINEも、メールさえしても来ねえのは、こういうことかよ!』
悠人が大声を出すと、咲哉は道路の真ん中にしゃがみこんで泣き出した。しまった! と思った。咲哉の前では大声を出さないのがルールだった。
急に子供のような顔つきになってしまった咲哉が泣く。
『お父さんが、お父さんが、スマホ禁止だって。取り上げて、取り上げて、か、鍵がかかる引き出しにしまって。悠人、嫌いにならないで。悠人しかいないんだよぉ。僕に生きたいと思わせてくれるのは悠人しかいないんだよぉ!』
子供が泣く。辛いと、悲しいと、苦しいと。悠人は、馬鹿じゃない。何かしらピンときた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
君の隣の席、いいかな?
カシューナッツ
恋愛
たまたまキノコ採りの途中、森の中の小さな家に雨宿りさせてもらったときの話。不思議な青年の、話。
忘れていた記憶が甦る。。。
─────────────
それから青年を思いだし、隣に座って一緒に図書室でキノコや野草の本を読んだことから始まる、キノコに関する少し不思議な短編集。
【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした
月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。
人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。
高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。
一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。
はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。
次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。
――僕は、敦貴が好きなんだ。
自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。
エブリスタ様にも掲載しています(完結済)
エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位
◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。
応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。
ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。
『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748
芙蓉の宴
蒲公英
現代文学
たくさんの事情を抱えて、人は生きていく。芙蓉の花が咲くのは一度ではなく、猛暑の夏も冷夏も、花の様子は違ってもやはり花開くのだ。
正しいとは言えない状況で出逢った男と女の、足掻きながら寄り添おうとするお話。
表紙絵はどらりぬ様からいただきました。
冬の水葬
束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。
凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。
高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。
美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた――
けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。
ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる