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第二話 妖艶な芙蓉
しおりを挟むこの天気で交通機関は麻痺している。真っ暗な窓に引かれたカーテンの隙間から白い雪が斜めに降る。胃洗浄を意識不明の状態でしたので痛みのダメージはないようだった。
電話で病院から呼ばれた。睡眠薬のODだった。副作用で眠いのか、意識を取り戻した咲哉は天井ばかり見つめている。
ふと首を横に向け、目を細めて俺を見つめ咲哉は言った。夢を見るかのように。
『昔は幸せだったな。庭の裏にたくさん実の成る木が植わっていたよ。葡萄とか、キウイとか、アケビとか。僕は身長がないから取れなくて。父さんが取ってくれた。幸せだったな。ある日父さんが、桃を一つ貰ってきた。大事そうに持って。果物を剥くのはいつも母さんなんだけど、その日は父さんが剥いた。………真ん中の種が痛んでた。皆がっかりしてたら、父さんが痛んでないところを食べようって。痛んでた種の周りは父さんは忌々しげに手掴みで握りしめた。凄く幼心に父さんが怖かった。父さんの握りしめた右手の中でグジャッて桃の実がつぶれる音がして、ああ、父さんの手の中で桃は死んだんだなって思った』
咲哉の話は、それから暫くして咲哉が小学校高学年のときからから、ずっと父親は仕事から帰ると酒を飲み始めるようになったということに移り、母親が毎日父親に殴られるようになったと話した。
『その後は、父さんと母さんは二匹の蛇みたくなるんだ。くねくね絡まって』
恨めしそうに母親は酒の支度をしながら、怯えて隠れる小さい咲哉を見ていた。けれど、朝になると何もなかったように痣だらけになった母親が朝ごはんの支度をしてたと繋げた。咲哉はそれが一番怖かったとも。
そして、ある日父親が、理由が解らないけれど急に咲哉の母親を怒鳴り始め、包丁を取り出した。『お母さんが死ぬ!』そう思った小学生の咲哉は母親を庇った。
『背中を切られて血が出た。痛かった──それから。矛先は僕に向くようになった。最初は殴られるだけだったけど。僕もいつしか蛇になった。父さんとくねくね絡まって。母さんはそんな僕と父さんを黙って見てた』
と言い、咲哉は笑う。どんなにつらい話も、最後には咲哉は綺麗に笑う。
中学三年、悠人が出会った咲哉は荒んでいた。けれど荒んでいるかなんかは近くにいないと解らない。
大輪の美しい花。誰もが見とれてしまう、見てはいけないと思っているのに立ち止まってしまう。
夏の夕方の芙蓉の赤い花ようだ。艶っぽく、少しだけ怖いくらいの妖しい花。
中身の果実は桃のよう。教師にも女子にも人気がある微笑みが似合う優等生。溶けるように美味しそうだ。
クラスで斜め前になった咲哉を見て悠人はクラスの大部分と同じように感じていた。けれど、最初は違和感。そして、ある夕方見た風景。
『勝った方となら遊んであげてもいいかな』
自分をめぐって争う男たち。それを咲哉はうっとりと愉しそうにその様子を見ていた。
満足感に満ちた顔で、確かに笑っていた。眉目秀麗の優等生の中身はこれか。腐っている。
でも、足がとまる。扉の陰で息をひそめる。目が離せない。残照に白い顔が浮かび上がる。確かに、綺麗だ。禍々しいほどに。
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