ジキタリスの花

カシューナッツ

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ジキタリスの花

〖最終話〗ジキタリスの花──第一部《完》

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 手紙を抱きしめ僕は泣いた。誰もいない。誰も見ていない。これ以上ない非常階段だ。でも、見つけてくれるひとがいた。

『相模、どうしたの?こんなに泣いて』

 そう言ってくれるひとが。

『おいで。もう独りで泣かないで欲しい』

 温かい腕。優しく抱きしめてくれるひと。もう僕は独りじゃない。

『さえき、せん……ぱい。せ………せんぱい』

 思い出すのはあの甘い先輩の匂い。僕は先輩の名前を何度も呼びながら咽び泣いた。

『まだ……ぼくは、せんぱいに………好きだって、い……いえて……ません』

 確かに春のはずなのに、あの日と同じパールのように光る入道雲が出ていた。僕は晴れた空を見るのが辛かった。僕の初恋。冷たい手をした、優しいひと。

──────────

診察室の後ろのカーテンが開く。看護師が、忙しげに伝言を残す。

「相模先生。一番の診察室の佐伯先生からです」

「あ、ありがとう」

 僕は手元の内線に切り替えた。

「もしもし光宏さん、急用ですか?」

『いや……最近疲れた顔してるから、心配してた。俺の残業で、明彦にばかり家事の負担をかけて、本当にすまない。来週続けて休みがとれる。何処か行かないか?』

「………植物園に行きたいです。ジキタリスが……咲いている時期ですから。オレンジジュース、冷やして持っていきましょう」

「メロンパンも、食べたい。あとは、そうだな……玉子サンドも食べたい。今度は二人分持っていこうか──」

    電話の向こうで光宏さんが切なそうに笑う。僕は電話を切り、ふと左手の薬指を見る。あの日見たパールのように光る雲より、綺麗だ。   
 

─────────────
 

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