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君の席の隣、いい?寂しいんだ〖エピローグ〗

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山にキノコを採りに来た。ハナイグチという、針葉樹林で採れるきのこだ。この辺の人は言う。家族も言う。


『山菜が採れる所は教えっけど、キノコだけは教えらんねなあ』


知識の浅い、初心者の僕に君が教えてくれた。





「旨いキノコ、とりにいこう。凛太郎もキノコ好きなんだろ?」


僕は曖昧に笑う
キノコが好きな君が好きなんだ


真面目な顔をして毒の成分を見たり
かと言ったら美味しい食べ方をチェックしたり
キノコの分類をしらべてみたりする


君の横顔が好きなんだ
たまに、ちらりと僕を見る。そして微笑む。



君の周りは光で溢れてる。
いつか僕も光の中に連れていって。




『うわあ、すごい』

『ハナイグチ。ここら辺ではカラマツモダシともいうよ。確かにカラマツみたいな落葉針葉樹が散ったみたいな所に生える。スッゲェうまいんだ。凛太郎にも食べさせたくて。家の山小屋でモダシ料理つくってやるよ』


この場所には、至る所にキノコがはえている。誰かが言っていた。このキノコは、死体がある所に生えるって。


誰かは君。笑いながら、言ってた。
「怖いだろ~」って。
少し、緊張しながら、
沢山とった。


みんな、綺麗ないいキノコだ。
虫食いもない、
ナメクジもいない。





雨が降ってきた。




近くに僕の家のロッジかあるから、そこで君と雨宿りをする。


山の雨は変幻自在だ。
大粒、
霧雨、
雷のおまけ付き。
今日は霧雨。
いや霧だ。

遭難してもいいよ
君とならいいよ

後ろを歩く君が見えない。声をかけたら手を掴まれた。暖かくて、君は生きているんだと思った。

ロッジにつき、植木鉢の三番目の下の合鍵で、中に入りストーブをつけた。
濡れた衣服を乾かす。
細い、白い身体をみられるのが嫌だったので、父の服を勝手に二人で着た。

「あ、紅茶、飲む?水筒に暖かい紅茶入れてきたの忘れてた」

「飲む飲む。凛太郎から飲めよ爪白いじゃん」

君は、そう言い、僕の右手に、手を重ねた。

「冷たい手して」

僕の左手にも君は、手を重ね、

「暖かいだろ」

君が僕に触れるなんて一生無いと思ってた。
僕は泣いた。

静かに肩を震わせて、下を向いて。
顔に血液が集まってくる感じがした。




「凛太郎、どうした」
何でもないよ、

解らないよとは言えなかった。


だって気持ち悪いだろ?
解って欲しくない
君だけには、絶対に紐解かれたくない


僕の心の君宛の小包。

手が重なった瞬間が時間を止めた、なんて、
君の手の温度に心臓がこれ以上なく早鐘を打って、
感極まって泣いてしまったなんて


気持ち悪いだろ?
真剣に考えてみろよ、
一緒に居たくないだろ。
君は受け入れてるように見せてるけれど
本当は捨て犬でも拾った感じなんだろうな
でも、どうしてかな。
涙ぐむくらい嬉しい。
君に触れられて、僕の身体の機能は忘れていた呼吸を取り戻した。


ただ思うこと
時を止めたい、今なら死んでもいい
このキノコを食べたら時は止まるのかな




ドクツルタケ
『死の天使』『殺しの天使』


僕は恐々鍔を前歯でかじる
天使は僕を何処へ連れていくの?



天国?
地獄?

あるのは罰?
それとも救済?


「凛太郎!お前何食ってんだっ馬鹿!」

抱きかかえられて、トイレに連れていかされ天使は身体から出ていった。

…………………………………………………………………

「何なんだよ!馬鹿な真似するな!」

「僕は、この村では異常者なんだ。男の人が好きだなんて、変態なんだよ。村の間では。皆僕を見ると嫌な顔をした!でも………君は違ったね。キノコ採り楽しかった。幸せだった………ドクツルタケで死んでも良かったんだ。君は街に行く。僕は家で飼い殺しだ。長男だから。一人っ子だから。下手に金持ちだから!妊活まで、生まれる子供はシャーレで受精させた子供だよ!」



凛太郎は声を震わせていった。
毒キノコ食べておいてまで幸せなんて、

凛太郎の周りには凛太郎がドクツルタケを食べても何にも思わない人だらけなのか?レールのうえを歩いていれば、凛太郎がどんなに傷ついても構わないのか?

この村がそうなのか?



気持ちが悪い。
なら異常者はお前らだろう。
凛太郎の生き死にがかかってるんだぞ!


「あと、図書室にはもう行かないから………。キノコの本、買ったんだ。君と繋ぐものがあるみたいで、大事に読んでる。学校で僕を見ても、話しかけないで。そろそろ内申書が物を言う季節になるよ。僕といると不利だ」

「いつか、いつか迎えに来るから。街なんか人が多すぎて、他人を気にする暇ないよ。皆それぞれを生きてる街に迎えに行くよ」

「いいなあ、街」

「凛太郎………一緒に行こう、街に、街に行こう。きっとうまく行く。俺と街に行こう」

「どうして君はそんなに僕に親切なの?好きだって言われて優越感に浸ってるの?」

「なんとなく、いや、正直、複雑だけど、素直に嬉しかったよ?勇気振り絞ったんだろうなって。中々言えないもんだな。上手い返しの言葉ってさ。とにかく、自分のこと好きって行ってくれる人がいるって幸せなことなんじゃねぇの?よっぽど相性悪い奴じゃない限り」

「僕と君は?」

「相性?いいと思うよ。あ、卒業式までに内緒で荷造りしとけよ?持っていきたいもの。嫌だったものや、嫌な思い出、嫌な人、皆捨てていこう?」

「うん………うん……」





その次の日、凛太郎は死んだと、担任が事務的に、中庭の草が枯れました。そんな簡単なことのように言った。
しかも、石鹸で手を洗った後みたいな顔をして。

黙祷もなかった。誰も悲しんでいない。

ここはおかしい。
皆おかしい!


凛太郎のお葬式はキリスト教のようなお葬式だった。映画のように花に囲まれて、手に「死の天使」を携えて。


死後硬直で手が開かないそうだ。






俺が殺した。

ゴミ箱じゃなくて、
ぐちゃぐちゃにして山に捨てれば
凛太郎は死なずにすんだ


街行くんじゃなかったのかよ。
俺はお前と行きたかったんだよ。







『希望を捨てるなよ』


去り際に言った言葉が、
あまりにも嘘臭くきこえたのかな。

俺は、卒業まで待っていてという意味だった。
希望を捨てなければ必ず夜が明ける。

凛太郎は、俺に捨てられた、そう思ったのかもしれない。こんな村だけど頑張れよ。探せばいいことを見つけられる。自分勝手な応援にきこえたのかな。

答えは解らない。凛太郎が天使の羽根を食べたから。




風が吹いた。
凛太郎な魂魄みたいなものを見た。見たかったから見えたのかもしれない。


泣きすぎてぐしゃぐしゃになった俺に凛太郎は聞いた。

『いる?』『いらない?』

悲しみが永遠に続く感じがして俺は、

『いらないっ!』

と言った。ふわりと凛太郎の声がした。


確かに聞いた

『さよなら。君のせいじゃない。でも、いつか迎えにきて欲しいな』


…………………………………………………………………
……………………………………………………………………


凛太郎は、君のせいじゃない、そう言った。それから一年、自分がどうやって生きてきたか憶えてない。


きっと凛太郎、君は優しいから俺が耐えられないと思ったんだろう?

でも、凛太郎、つらかったんだよな。





一周忌、凛太郎の家へ行った。寂しいものだった。

不自然に、凛太郎のことを凛太郎の『存在』を無かったことにしているように感じた。

あの日帰ってきてから、見合いの話と凛太郎の性癖のことを家族で話て喧嘩したと訊いた。

普段逆らったことのない凛太郎が、泣きながら

『僕だって人間なんだ!傷つけられたら痛いんだ。心も!』



俺が、凛太郎に貸して欲しいっていわれた、花と鳥の本を、

恋人からもらった本だって決めつけられて、勉強もしないでこんなもん読んでるから、反抗的なオトコオンナになるんだと言われて、

『穢い』

って、庭で燃やされたって聞いた。
俺が描いた絵まで燃やされたって

君は初めてお父さんとお母さんに泣きながら、怒鳴りながら、初めて反抗したと聞いた。

靴下のまま庭にでて、
花の水やりホースで本についた火を消して、
ほとんど灰になった本を抱きしめながら、お父さんを睨んで言った。




『恋人じゃない!けれど、僕は、僕は、好きな人から借りた本を持つことすら許されないの?見合いはしない。卒業したら街に行くんだ!』

『頭を冷やせ』

そう言って、外から鍵を閉めて凛太郎のお父さんは、見合いの話を進めた。



灰になった俺の本と、死の天使を胸にかかえ、凛太郎、君は旅立った。空へ。心配しなくていいよな。天使が案内してくれる。





街に、凛太郎と行きたかったな
植物園が、沢山ある。
鳥もいるんだ。

とても綺麗なんだ。
凛太郎にも見せてやりたかった。


一人の、街は寂しかった。
老いても独りで過ごした。

誰かを左に置きたくなかった。
凛太郎を重ねてしまうから。



君はずっと若いまま。
君を抱きしめたら、服だけになってしまったことがあった。骨の君すら愛せなかった。

君の服を抱いて泣いた。
あの時、素直になれてたら。


君を失わずにすんだ。




『気持ち悪いかもしれないけど、君が好きです。いつも、図書室で本を読む君を……見て、ました』

『っても、俺お前のことしらないし』

『え………ごめっ………気持ち、悪くない?』

『べつに』

『じゃあ、君も街に行くんだね?待ってるから。君を待ってるから。忘れないで。僕がいること、僕、凛太郎っていうよ。と、隣、いいかな?』

……………………………………………………

「凛太郎、そこにいるんだろ?やっぱり幽霊って足無いんだな。いつか迎えに来るからって言ってた俺の最後、一人の独居老人だよ。菌類の大家でも、愛しい人をキノコ食べて自殺されては、なんも肩書きがないほうがましだよ。街なんか人が多すぎて、他人を気にする暇ないよ。皆それぞれを生きてる」

『いいなあ、街』

「凛太郎、一緒に行こう、街に、街に行こう。きっとうまく行く」

声が不思議と若くなっていく感じがした。昔のやり直しの会話みたいだ。

『どうして君はそんなに僕に親切なの?好きだって言われて優越感に浸ってるの』

「なんとなく、いや、正直、複雑だけど、素直に嬉しかったよ?勇気振り絞ったんだろうなって。中々言えないもんだな。上手い返しの言葉ってさ。とにかく、自分のこと好きって言ってくれる人がいるって幸せなことなんじゃねぇの?よっぽど相性悪い奴じゃない限り」

『僕と君は?』

「いいと思うよ。俺、凛太郎のこと嫌いじゃないよ」

『じゃあ好きなの?』

見つめるだけの恋でいい。友達のままでいい。欲を出せば終わりが来るから。

凛太郎の大きな二重の瞳を、
俺はちらりと盗み見る。






「好きだよ。悪いかよ」

言ってしまえたなら、未来は変わったかな。
多分変わってた。
俺が勇気を出さなかったせいだ。

「ごめんな、凛太郎。俺は狡い。お前から、村の連中から逃げた」


凛太郎は、俺に伝えてくれたのに。

『君のせいじゃないよ』凛太郎は笑う。
『やっと会えたな。ずっと待ってた』俺は泣いた。

窓から風。開くキノコの辞典のページ




ハナイグチ
別名 カラマツモダシ

ドクツルタケ
別名 殺しの天使
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