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最終章

【最終回】仔ウサギの最愛の、金色のライオン

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「秋彦!今からそっち行くから。喪服着て待ってろ。葬儀屋には連絡したのか。谷崎の親には?」

「うん…」

「あとは任せておけばいいから。いいか、早まった真似なんかしたら俺は一生お前を許さねぇからな!」

谷崎とのお別れも滞りなく終わった。
祥介が色々手伝ってくれた。
春真っ盛りだ。
でも、秋彦の時間は
モノクロームから動かない。


この庭の桜を縁側から眺めて、
去年はお団子を食べた。
そして今、
いつもより早く満開になった桜が
時を止めて
花を散らさずにいるのを見ながら、
また手紙を読んでいる。


涙が止まらない。
もう、あのひとはいない。
『先輩』と笑いかけてくれるあのひとはいない。

拗ねた顔、

照れた顔、

上手なキス、

優しいキス。

抱きしめられた温かさ。

全部覚えている。
忘れたくない。
忘れられない。

谷崎の指輪はネックレスにした。
自分の指輪は左手にしている。
ネックレスをかざす。

「いつも一緒だね。谷崎くん」

「おにいちゃん、泣いてるの?悲しいの?」

縁側で小さい男の子にスラックスの生地を引っ張られる。何だか誰かに似ている、
既視感がある。

「お名前は?何て言うの?」

秋彦は涙を拭いて微笑みながら手紙にキスをして封筒にしまった。

「葉山啓介です。悲しいお手紙なの?」

「いとしくて、切ないお手紙、かな。ああ、昔のちっちゃい頃の祥介にそっくりだ」

「おにいちゃん、お名前おしえて?いいもの見せてあげるから」

「支倉秋彦だよ。さて、啓介の『いいもの』は何かな?」

サンダルを履いて啓介についていくと沈丁花が満開だった。
おばあちゃんのいた頃、
こんな場所なかった。
学校の秘密の庭にそっくりな作り。

「夏には山梔子、秋には金木犀、冬には柊の花が咲くね」

「うん。綺麗できっといい匂い。おにいちゃん、泣いてるの?」

力が抜け膝をつく。
激しいものではなく静かに頬を涙が伝う。
ポンポンと頭を撫でられる。
谷崎くん、この秘密の庭で、
あの日の夢を見ていたの?

「大丈夫だよ。少し切なくて。あまりにも…」

啓介は秋彦を抱きしめて、髪を撫でる。

「泣かないで。おにいちゃん」

「啓介は優しい子だね」

「おかあさんにそっくりなんだもん…写真しかないけど」

「こら!啓介!子供が大人の頭に手を上げるなんて失礼だぞ」

「いいんだ。祥介。慰めてもらってたから」

「おにいちゃん、カルガモ見よう?雛は親鳥を追いかけて、大きくなったら雛は今度は親鳥を守り続けるんでしょ?パパが言ってた」

もう、胸も、背中も、足も痛くない。
大きくなった雛は
離れたところから親鳥を守ってくれていた。
ひっそりと、知られないように。

「そっか。啓介、この話を僕にしたことはパパには内緒ね」

「うん。いいよ」

「それと、カルガモは誰かと見てはいけないよ。そのひとを追いかけ続けてしまうかもしれないから」

祥介…。あの日見た親鳥は君を縛り続けたの?雛は、親鳥を…求め続けていたの?そう秋彦は思った。

「祥介…」

「どうした?泣きそうな顔して」

「ごめんね、祥介」

…………………


今日もいつかの夢を見る。

『先輩!可愛いですねカルガモ』

「うん。ふわふわだね」

桜を浴びて
眩む光と風の中

秋彦は、独り言を言う。

秋彦は泣きそうな顔をしているのに




笑う谷崎とカルガモと戯れている様子が
見えるようだった。
谷崎が、心配してそうだ。

なあ、アキ。
今、しあわせか?

「祥介、啓介が呼んでるよ。可愛いね」

そう言い、困った顔をして笑った。

「僕は独りで桜を見ているから、啓介に付き添ってあげて。僕は、今年も谷崎くんと見たから」

しばらくし、秋彦は言った。

「祥介、ごめんね」



《今日もいつかの夢を見る・完》
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