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第11章

仔ウサギの事故、ライオンの命運

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声が遠ざかり、
明るさの中、
ゆっくり目を開ける。


ベッドで点滴をうたれ眠っていた。

谷崎が涙でグシャグシャになった顔を拭いもせず、
秋彦の点滴をうたれていない左手に額に手をつけ、

周りの目を気にすることなんてしないで号泣していた。
谷崎は頭に包帯を巻いていた。




「ごめんなさい、先輩。
許して下さい。
今日は渡したいものがあって、
でも、昔みたく走れなくて。
追いついたけど庇いきれなかった…」

「谷崎くん、頭…」

「俺は…ただぶつけただけです。
一応、検査したけど、平気です。
今日当直医、たまたま外科の葉山先生が残ってて、
先輩は肋骨にひびがはいっただけで、
頭に擦過傷ですんだと、
CTでも、MRIでも大丈夫らしいです。あと股関節の脱臼。
葉山先生が関節入れました。
あと心臓の膜かなんかに血液がたまって、血を抜いて…死んじゃうかと思っ…」


言葉に詰まって谷崎は下を向いて、また泣き始めた。

「死んだ方が良かったかもね。
もう、谷崎くんの気持ちは僕から離れた。生き甲斐ってほど、
僕には仕事への情熱はない。
夢も何もない。
あるのはポンコツの身体だけだしね」


鼻で谷崎を嗤い、
小さく谷崎に秋彦は、

「出てって。
もう僕に構わないでいいよ。
あの女の子と付き合えばいい。
同情なんて、要らない。
これ以上惨めにさせないでよ。
もう、こんなおじさん、
嫌になったんだろ!」


谷崎から目を背ける。
秋彦の目から涙が伝った。



最後がこれか、成長してないな。

でも、谷崎には可愛い女の子がいる。
そう秋彦は思った。


未練がましいのは、お互いに良くない。

丁度良かった。
僕を嫌って。
嫌いになって、秋彦はそう思う。



谷崎くんに、
うんざりしたと思われたいと俯き思う。

綺麗に別れるのが最良なんかじゃないと
秋彦は思った。

悪者になりたい。

思い出すことなんてないように。
新しいパートナーと、
これからをつくっていけるように。

振り返りたくない過去となって、
谷崎を祝福したい、と。

もう、若くない。
あの頃のままではいられない。

夢の世界には住み続けられない。
おばあちゃんも亡くなった。
今はあの家は空っぽだ。

でも叔父さんが庭木の手入れはして、
田んぼは、近くの親戚がお米を作ってくれている。


祥介も少し前に結婚した。

図書館の司書をしている
目が大きな可愛らしい、
でも知的な女性だ。

中々子供に恵まれないらしい。
海外出張で結婚式には行けなかった。


『不妊治療はあいつの方が譲らなくてな。暁美がどうしても子供が欲しいって』



何故か少し寂しそうに祥介は言っていた。周りも風のように変化していく。

自分だけ変わらないでいるのは無理だ。
谷崎は濡れた顔を
シャツの袖口で拭って、

「先輩は変わりませんよ。
年をとるのをやめてしまったみたいです。でも、先輩なら、
お腹が出てても、
ハゲても、
ヒゲもじゃになっても、
きっと可愛い。
それに先輩は俺の大切なひとなんです。
だからそんなこと、
言わないで下さい。
あの女の子は先輩に渡したいものがあって付き合ってもらっただけです」


「お願い、もう、いいんだ。期待するんだ。嘘は、嫌だ」

「これでも?ちゃんと、見て」


谷崎は小さな箱を、開けて見せた。

「指輪…?」

「すみません。
誕生日に渡そうと思ったんです。
出会って二十年経ったから。
十年記念のときは
ディナーと花束とお揃いの時計で、
大きく形に残らなかった。
あの頃は子供でした。
記念日も、段々やらなくなってしまいましたね。指を広げてください」

「う、うん」

「ああ、綺麗だ。やっぱり先輩の白い細い指に似合う。
女の子はジュエリーのバイヤーです。
この金は、イギリスのなんです。
今は希少で海外へ輸出してないんです。
俺の身体は殆どあの国で出来てるから。
先輩に持っていて欲しかった」

「谷崎くんのは?」

谷崎は泣きながら笑って左手をかざす。

「言葉足らずで、先輩を失うところでした」

「ごめん。ごめんね。疑って、ごめん」

ポロポロと涙が零れる。
都合が良い涙腺。

でも、
切なくて、どうしようもなくて、
ただただ秋彦は泣いた。

「葉山先生が、自宅療養三週間。『運動』はするなよ、と言っていました。あと、渡したいものがあると言ってました」


───────《続》
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