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第8章

ライオンの腕枕

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秋彦の谷崎を見る眼差しは暖かなものだった。 谷崎は頭を下げた祥介を思い出す。 
想いをこらえ、震える声に、 どれだけ秋彦のことを大切に思っているか、 解った。

 そして、手紙を『二人で見ろ』という、お膳立ての 仕掛けまでしていたことも。


 『傷ついた秋彦を突き放せるか?』

 と祥介にいわれているようだった。 


秋彦の穏やかな時間を守るために、祥介は身を引いたのだ。 
二人で住んでいることがクラスにバレたらまた新たな火種になりかねない。 

従兄弟だとしても、下衆の勘繰りをいれるようなことをする奴がいるかもしれない。 


「僕、また一人ぼっちになっちゃったよ。独りになんか慣れてるのに。どうしてかな、つらいね」 

谷崎の髪を撫でながら秋彦は哀しく笑う。 

静かな秋彦の声は、あまりにもつらかった。 
感情が死んでしまったような声。
 谷崎は思い切り秋彦を抱きしめた。


 哀しいのは秋彦のはずなのに、谷崎は泣けてきて仕方なかった。 

「…独りになんかさせない。 俺がいます。俺がいますから。 だから、もう哀しい顔をしないで下さい」

 「谷崎くん、泣いてるの?」

 「先輩が哀しいから。先輩の代わりに泣いてるんです。先輩も泣けばいい。
 いっぱい泣いて。腕も、胸もあります。

 頼ってください。忘れろとは言いません。
 無理だから。
だけど、葉山先輩と過ごした日々をつらい思い出にしないで下さい。

 綺麗な幸せな思い出に変えてください」




 仔ウサギは、優しいライオンに甘えて泣いた。 身を震わせて大声で泣いた。
 ライオンはふかふかの背中を注意深く撫でる。 
仔ウサギはライオンを抱きしめた。

 何回もライオンの名前を呼びながら仔ウサギは泣き続けた。

 ライオンは仔ウサギに口づける。
 口づけは段々深くなる。

 仔ウサギもライオンの口づけを受け入れる。 口唇を離す。

優しい青い瞳が秋彦を見つめる。


 もう『友達』ではないと、秋彦も谷崎も解っていた。
口唇を離し見つめあった瞬間、 秋彦のお腹が『クゥゥゥ』と鳴った。



一呼吸おいて、二人で笑った。 階下に降り、冷蔵庫をあさる。 

「お夕飯何にしようか。お素麺でいいかな?暑いし」 
「俺も冷蔵庫見ていいですか?あ、胡麻ドレッシングあるじゃないすか。
先輩胡麻ドレ素麺食べたことあります?
 めんつゆと胡麻ドレ割って 少し冷たい水少し入れてつけだれにするんです。 旨いですよ。お手軽で」


 「食べたい!一緒に作ろう?」 

二人の夕飯。
 秋彦は谷崎に教わって胡麻のつけだれを作る。 胡瓜の漬け物も作った。 
谷崎は素麺を茹でた。

 秋彦は 
「これ好きで、見ると買っちゃうんだ、」
 とレンジで作る揚げ出し豆腐。 

「鍋は火の前で暑いし、負担かかりますから。先輩は茹で上がった素麺をザルで受け止めて下さい」
 「連携プレーだね」 楽しい。 

秋彦は思う。誰かと一緒にご飯を作るなんて初めてだった。



出来上がった食卓。 二人の二回目の秋彦の家での夕飯。
 素麺を一口食べて秋彦は満面の笑みを浮かべる。 

「美味しい!今度また一緒に作って食べよう?あ、胡瓜も食べてみて。揚げだしも豆腐も」

 秋彦の何気ない小さい一言が谷崎の胸を騒がせる。

『また』があると思ってしまう。
この時間が『また』あるのかと期待してしまう。 
「あ、ピリッとしますね。鷹の爪効いて、旨いっす。昆布出汁きいて、旨いっすね。揚げ出し豆腐も、モッチリしてて美味しい!」
 あっという間に楽しい時間は過ぎる。

谷崎に先にシャワーを浴びさせてもらい、秋彦はキッチン用の椅子に座り洗い物を済ませる。
 
「シャワーお借りしました。あ、先輩、夜の薬飲みました?」 

「さっき飲んだよ。ありがと。谷崎くん、一緒に寝ない?」 

「いいっすけど。ベッド狭くなりますよ」

 秋彦の欠け落ちたパズルのピースを埋めてあげたい。色は違くても、その思い出に似たしあわせを、楽しさを味わって欲しいと谷崎は思う。 

「先輩、腕枕」

 といい、ふざけてポンっと腕を出した。秋彦は腕というより谷崎の脇の窪みにすっぽり収まり、穏やかな寝息を立て始めた。 

「先輩、寝ちゃったんですか?」

仕掛けた方が、照れた。可愛らしい寝顔。色が白くて、しみなんかないきめの細かい肌、紅い唇、長い睫、谷崎が整えてあげた眉毛。 

『惚れない方が、無理ですよ』
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