上 下
47 / 76
第8章

ライオンの腕枕

しおりを挟む
 
秋彦の谷崎を見る眼差しは暖かなものだった。 谷崎は頭を下げた祥介を思い出す。 
想いをこらえ、震える声に、 どれだけ秋彦のことを大切に思っているか、 解った。

 そして、手紙を『二人で見ろ』という、お膳立ての 仕掛けまでしていたことも。


 『傷ついた秋彦を突き放せるか?』

 と祥介にいわれているようだった。 


秋彦の穏やかな時間を守るために、祥介は身を引いたのだ。 
二人で住んでいることがクラスにバレたらまた新たな火種になりかねない。 

従兄弟だとしても、下衆の勘繰りをいれるようなことをする奴がいるかもしれない。 


「僕、また一人ぼっちになっちゃったよ。独りになんか慣れてるのに。どうしてかな、つらいね」 

谷崎の髪を撫でながら秋彦は哀しく笑う。 

静かな秋彦の声は、あまりにもつらかった。 
感情が死んでしまったような声。
 谷崎は思い切り秋彦を抱きしめた。


 哀しいのは秋彦のはずなのに、谷崎は泣けてきて仕方なかった。 

「…独りになんかさせない。 俺がいます。俺がいますから。 だから、もう哀しい顔をしないで下さい」

 「谷崎くん、泣いてるの?」

 「先輩が哀しいから。先輩の代わりに泣いてるんです。先輩も泣けばいい。
 いっぱい泣いて。腕も、胸もあります。

 頼ってください。忘れろとは言いません。
 無理だから。
だけど、葉山先輩と過ごした日々をつらい思い出にしないで下さい。

 綺麗な幸せな思い出に変えてください」




 仔ウサギは、優しいライオンに甘えて泣いた。 身を震わせて大声で泣いた。
 ライオンはふかふかの背中を注意深く撫でる。 
仔ウサギはライオンを抱きしめた。

 何回もライオンの名前を呼びながら仔ウサギは泣き続けた。

 ライオンは仔ウサギに口づける。
 口づけは段々深くなる。

 仔ウサギもライオンの口づけを受け入れる。 口唇を離す。

優しい青い瞳が秋彦を見つめる。


 もう『友達』ではないと、秋彦も谷崎も解っていた。
口唇を離し見つめあった瞬間、 秋彦のお腹が『クゥゥゥ』と鳴った。



一呼吸おいて、二人で笑った。 階下に降り、冷蔵庫をあさる。 

「お夕飯何にしようか。お素麺でいいかな?暑いし」 
「俺も冷蔵庫見ていいですか?あ、胡麻ドレッシングあるじゃないすか。
先輩胡麻ドレ素麺食べたことあります?
 めんつゆと胡麻ドレ割って 少し冷たい水少し入れてつけだれにするんです。 旨いですよ。お手軽で」


 「食べたい!一緒に作ろう?」 

二人の夕飯。
 秋彦は谷崎に教わって胡麻のつけだれを作る。 胡瓜の漬け物も作った。 
谷崎は素麺を茹でた。

 秋彦は 
「これ好きで、見ると買っちゃうんだ、」
 とレンジで作る揚げ出し豆腐。 

「鍋は火の前で暑いし、負担かかりますから。先輩は茹で上がった素麺をザルで受け止めて下さい」
 「連携プレーだね」 楽しい。 

秋彦は思う。誰かと一緒にご飯を作るなんて初めてだった。



出来上がった食卓。 二人の二回目の秋彦の家での夕飯。
 素麺を一口食べて秋彦は満面の笑みを浮かべる。 

「美味しい!今度また一緒に作って食べよう?あ、胡瓜も食べてみて。揚げだしも豆腐も」

 秋彦の何気ない小さい一言が谷崎の胸を騒がせる。

『また』があると思ってしまう。
この時間が『また』あるのかと期待してしまう。 
「あ、ピリッとしますね。鷹の爪効いて、旨いっす。昆布出汁きいて、旨いっすね。揚げ出し豆腐も、モッチリしてて美味しい!」
 あっという間に楽しい時間は過ぎる。

谷崎に先にシャワーを浴びさせてもらい、秋彦はキッチン用の椅子に座り洗い物を済ませる。
 
「シャワーお借りしました。あ、先輩、夜の薬飲みました?」 

「さっき飲んだよ。ありがと。谷崎くん、一緒に寝ない?」 

「いいっすけど。ベッド狭くなりますよ」

 秋彦の欠け落ちたパズルのピースを埋めてあげたい。色は違くても、その思い出に似たしあわせを、楽しさを味わって欲しいと谷崎は思う。 

「先輩、腕枕」

 といい、ふざけてポンっと腕を出した。秋彦は腕というより谷崎の脇の窪みにすっぽり収まり、穏やかな寝息を立て始めた。 

「先輩、寝ちゃったんですか?」

仕掛けた方が、照れた。可愛らしい寝顔。色が白くて、しみなんかないきめの細かい肌、紅い唇、長い睫、谷崎が整えてあげた眉毛。 

『惚れない方が、無理ですよ』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

ポケットのなかの空

三尾
BL
【ある朝、突然、目が見えなくなっていたらどうするだろう?】 大手電機メーカーに勤めるエンジニアの響野(ひびの)は、ある日、原因不明の失明状態で目を覚ました。 取るものも取りあえず向かった病院で、彼は中学時代に同級生だった水元(みずもと)と再会する。 十一年前、響野や友人たちに何も告げることなく転校していった水元は、複雑な家庭の事情を抱えていた。 目の不自由な響野を見かねてサポートを申し出てくれた水元とすごすうちに、友情だけではない感情を抱く響野だが、勇気を出して想いを伝えても「その感情は一時的なもの」と否定されてしまい……? 重い過去を持つ一途な攻め × 不幸に抗(あらが)う男前な受けのお話。 *-‥-‥-‥-‥-‥-‥-‥-* ・性描写のある回には「※」マークが付きます。 ・水元視点の番外編もあり。 *-‥-‥-‥-‥-‥-‥-‥-* ※番外編はこちら 『光の部屋、花の下で。』https://www.alphapolis.co.jp/novel/728386436/614893182

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

『好きピ♡との同棲は心臓に悪いです。』

wacaocacao
BL
主人公の松坂歩(まつざか あゆむ)は初めての一人暮らしに慣れず悩んでいたところ、先輩の神原圭太(かんばら けいた)と同居を始める。しかし圭太は彼女のいる歩に恋をしていると自覚し始め…?

Endless Summer Night ~終わらない夏~

樹木緑
BL
ボーイズラブ・オメガバース "愛し合ったあの日々は、終わりのない夏の夜の様だった” 長谷川陽向は “お見合い大学” と呼ばれる大学費用を稼ぐために、 ひと夏の契約でリゾートにやってきた。 最初は反りが合わず、すれ違いが多かったはずなのに、 気が付けば同じように東京から来ていた同じ年の矢野光に恋をしていた。 そして彼は自分の事を “ポンコツのα” と呼んだ。 ***前作品とは完全に切り離したお話ですが、 世界が被っていますので、所々に前作品の登場人物の名前が出てきます。***

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

処理中です...